自分が大好きプロジェクトのごほうびフレンチ、からの~、・・・・。

先週日曜日、
のんさん
の、
『自分が大好きプロジェクト』の集大成イベント、
リッツカールトンでごほうびフレンチ♪

に参加してきました。

奇跡のひとときで、
忙しかった今週も、そのままその空気感で過ごしてました。

最初、わたしにとって別世界だった六本木&リッツカールトンという存在が、

のんさんの導きによって、

昨春のラグジュアリーランチから、ひきつづき、

今年の春の友達との草間彌生展&ミッドタウン子連れ散歩、

そして、先日の「自分が大好きプロジェクト」ごほうびフレンチにより、

橋渡しができ、知らぬ間に、ぐっと近い感じになったなあ。


案外、六本木が好きなじぶんがいて、驚く。

リッツカールトンのランチが導入って、考えてみたら、すごい導入だよね(笑)。



自分が大好きプロジェクトでご一緒した、
天然石アクセサリー作家のRuccaさんも、
とても自然体で、
場所やお料理を楽しんでいて、
ある意味、つわものだったな~と後から思い(笑)。

のんさんの、藍色の柄の浴衣の着物風着こなしも、
涼しげで粋で、
アジュール45の空間に、そのまま、なじみこんでいた。

極上の空間、お料理、ホスピタリティで、
なごみ、くつろぎ、満喫できる。
それって、すごいことだよね。

写真を一所懸命あげようとしているのですが、
スマホがうまく転送してくれないので、
今日は文章だけ。

素敵なお料理の数々は、ぜひ、
のんさんのブログでご覧ください。
↓↓↓
”Healing Harmony”

メインディッシュの、月と牛フィレステーキのお皿が、ほんと綺麗だった。

あと、赤いお皿の、ガスパチョも。

宮崎シェフが、ほんとあんな天空の場所で一流の仕事をしてらっしゃるのに、
いい意味で、
ほんと素のピュアな方で、驚くよ、ほんと。

って、ほんとが連発の文章で、
私が添削したら、真っ先に線を引くだろな、この文章。

どれだけ上にあがっても、
人間性だけは、さいごまで、
人間の本質であって、問われるんだな~と。

ここで、こうして仕事をしていても、
また別の場所で、仕事をしても、
どこでも、上も下もなくって、
最善を尽くすだけなのだ、っと思うんです。


そして、いま、
ひそかに、ひとつの企画が、ひょこっと生まれ、
そっと温められつつあります。

お待たせしました・・・( *´艸`)。
・・・この一年、紆余曲折あり、
振り返れば、ずっと企画に参加していなかったので、
だいぶん久しぶりになります。

ご無沙汰していた方とも、またお会いできる場にしたいな~。

もうちょっと形になりましたら、
いずれ、お知らせしますので、お楽しみに☆。


あと、今月末は、バリ島に行ってきます♪

初の子連れ海外旅行です。

神々の島・バリの自然に、癒されてきます。

旅の準備も少しずつしていきます。


おっこらしょっと、動かしていきます。

確実に、しっかりと、動かしていくのです。

キラキラを倍増させつつ・・・。

のんさんの個人セッション in 「坐忘」セルリアンタワー東京ホテル

一か月前から楽しみにしていた、

Healing Harmonyののんさん

に、個人セッションをしてもらうお約束で、

渋谷のセルリアンタワーホテルへ。


tea5
tea4

季節の花を、あしらった正面が、かわいらしかった。

西洋風な、ちょっとでも優しいナチュラルな感じと。

梅雨のあじさいって、一年で特別な花だよね~。

初めての場所だったので、駅からすこし道に迷い、
ロビーについたころには、
待ち合わせの5分前!

のんさんも、すでにいらしてた。

すみません!といいつつ、

ふわり、すらりと、

ガーデンラウンジ「坐忘」へ。

予約していただいた、アフターヌーンティーセットも楽しみでありつつ、

ホテルの空気が、海外の雰囲気と優雅さ、モダンな都会的なくつろぎ感が混ざり合っていて、
なんとも、素敵。

tea3

お茶は、およそ20種類の茶葉から選べ、
珈琲も10種類くらいあったかな。

ドリンクの種類が多くって、おまけに、一杯ずつ出してくれるので、
お腹に無理なく楽しめるのが、とても理にかなっている。

tea

じゃじゃーん!

気分が上がる~♪

そして、一つ一つが、美味しい!!予想以上に。

細部によく気が利いていて、サンドイッチやミニハンバーガー、前菜も、しっかり存在感があって、感動!

アフターヌーンティーセットって、
しょっぱい食事系食べ物は、添え物なのかな、って先入観で思っていたが、

甘いものに負けない、味のディテールがすごかった。ちゃんとお料理でした。


tea2
サーモンのクリームチーズをまいたマリネ?

エビのミニハンバーガーと、キッシュ。

もう一回、誰かと行きたくなる、
いや、一人でも行きたくなるような、とても良い雰囲気。

空間のセレクト、
食べ物のセレクト、
すべてが、じつはジャストフィットだったんだな~と、後から気づく。

そういうところから、もう、のんさんの「能力」なんだよね。

さすがとしか、いいようがない。

センスの世界。

そんな中、春分の日のワークショップ以来で、いろいろなお話をした。

振り返れば、
この2~3か月の間、
案外、いろいろ変化があり。

日々、全力で生きているから、あんまり冷静な自覚はないのだけど、
自分の「前進」と呼べる、
「これか?」
「それな!」
の気づきがあって、
それを、のんさんに話しながら、確認したかったのかもしれない。

ごくごく自然な、話の流れでありつつ、
のんさんのあるがままの姿勢で、
自分の話をしてくれたり、私の話に感想を言ってくれたり、質問してくれたり、
フラットな目線で、話ができるというのが、
私には貴重なんだと、気づいた。

最初に、セッションをと思った動機は、
一か月前に、ちょっと、リーディングやセッションを受けてみたい気が浮かび、

でも、「サイキック」らしい、
もしくは、「占い」らしい、ものというのが、
気になるけど、どうもフィットしない感覚があって。

結果、のんさんとお話ししながら、食事をいただくのが、一番ピンとくるアイディアだった。

今日、また振り返って思うに、
必要としているものが、だいぶん、私も変わってきていて、

ぐぐっと引っ張ってもらうとか、
見えない何かから、ひゅいっと抜いてきて、教えてもらうとか、

そういう圧倒的な何かが、必要なのではなく、

最重要なのは、「もう自分でわかってるだろ」っていう大前提で、

自分がいま目の前で感じたり、取り組んだり、気づきかけていることを、
共有して、
それが自然体で、自由で、なににもとらわれず、
純粋であることのほうが、惹かれる。

人間的なかかわりの中で、得られる、励ましのように思った。

もちろん、時には、圧倒的なアドバイスも欲しくなる日もあるだろうけど。

それはその時がきたら、きっと、また、わかるんだろうな。


今、私に見えてきていること、
見えているものは、
20代のころには、当たり前のようになっていたことだった。

そして、気が付けば、私はずっと、そんなことは日常の習慣でやってきたことだ。

でも、意識化して、やることと、
無意識でやることでは、雲泥の差があるし、

本当の自分を知っていく過程での感動は、意識している方が、数倍あるとおもう。

20代のころ、行き詰った気がして、放りだしたはずのそれが、

またいま戻ってきたときに、
ごくごく自然に、喜びと楽しみをもって、目の前に広がっているのが、
すごい。

人生、わからない。

いまの心境を、おそらく20代のそのころは、抱けなかっただろう。

書きたいことは、たくさんあるけど、
とりあえず、今日は、ここまで。


きれいで、ありたい。

無駄な無理が、
ぼろぼろとはがれていった、今日この頃。

あー、これだわ~、無理むだワって、

何にフォーカスしてしまっているか、客観的に、微細に気づき、

雑草の芽を抜くかのように、丁寧に取り除く。


加減することは、「出し惜しみ」になると思っていたけど、

なんでも全部出せばいいってもんではないと、冷静に気づけるようになったことは、大きい。

塩はまんべんなくたっぷりふっても、しょっぱいだけだ。

塩は、効かせるものであって、
妙味ってそういうものだよね。

もう、降りません。

上から、ずっと、やっていきます。

わたしには、まだまだ見上げるものも、
憧れも、夢も、
理想とする光り輝くあり方も、あるから。

そちらを向いて、やっていく。

いちいち、降りていたら、エネルギーの無駄だし、
他人の責任、尻ぬぐいをしているに過ぎなくて、
なーんの意味もないし、
相手にとっても、いい迷惑って場合が多い。

高いところに意識を合わせる。

純粋に、きれいに、透明でありたいという気持ちに、意識を合わせ続ける。



帰り道、
谷川俊太郎さんのことを思った。

先輩が、谷川さんの講演会に、幸運なことに参加でき、
谷川さんご本人を生でみて、感動したというのを、読んだ。

分かる気がするのだ。

思うだけで、わかる。

谷川さんの詩をおもって、
谷川さんの存在をおもって、

谷川さんが生きている、まだこの同時代に生きてるってだけで、

なんだか、感動だよね。

詩がこころになまなまと立ち上がるときの、
あのピュアな感覚を思い出せる。

思い出すと、ああ、そこが、わたしのいる場所だなって思える。

のんさん主催『自分が大好き❤︎セルフヒーリングプロジェクト』に参加してきました

のんさんの、

『自分が大好き❤︎セルフヒーリングプロジェクト』

の春分の日の会に、

参加してきました~。

gohan

ひさしぶりに、いただいた、の
んさんの手作りご飯がやっぱり激美味しくて( ゚Д゚)、

これまた、この日のために厳選してくださったワインが美味しすぎて、
するする入ってしまう!!

その結果、
最近の日常生活の行動範囲では、抑え気味だったトーンが、
素のまんま、すっかり陽気で、
あけっぴろげな私に、早くも、元通り。

すみません、
初対面に近いから、ゆっくりと、近づいていくべきかも?!なところを、

なんだか、まどろっこしいことは、省いちゃって、
どんどん、聞きたい事、話したい事、はなしちゃった感がありました・・・。テヘ。

そして、それを共に面白がりながら、
自分の心の内や、思い、経験を、
正直に、率直に、語ってくれた方たちだったことに、
感謝です。

それも、とても大きかったです。



くわえて、
ヒーリングのワークも、とても奥が深くて、

自分をあらためて、掘り下げる、

自分の気持ちや習慣、パターンを見つめ直すことが、自然とできるひとときで、

「あ~、参加してよかったな~」と。


あんまり深く考えないで、ただ、

「このタイミングなら、参加できる!」と、即決していたため、

参加してから、その意義を、じわじわと感じてました。


他の項目はさっさとかけるのに、

ルーティーンを書き出す項目で、手が止まった自分がいました。

毎日なにげなく、無意識にやっていることでも、
ルーティーンとして意識しているか、していないかで、
感じ方、過ごし方が違うんだろな~とあらためて。

自分の行動、習慣を見つめ直すのは、とても有効と、感じました。


絵にまとめる作業もあって、
久しぶりに、
言葉から絵にしていく作業をしてみて、
子どものころの感覚を思い出したのも、意外。


子どものころ、
絵が大好きだった。

未だに、その小学生の頃の生き生きした感覚は覚えているのだけど、
それを久しぶりに思い出しました。



大人になってからは、
言葉のほうが、巧みなタイプと、自分自身ではおもってて、

イメージより、ロゴスが優位なタイプかもしれないと、思っていたフシがある。

案外、それは思い込みで、

言葉からイメージ化する方向性ならば、楽しいし、苦じゃないな~と、今回、再認識。

たぶん、いきなりイメージから入るより(いきなり絵をかきだすより)

言葉があって、そこからイメージを描き出す方が、
私にとっては、自然で、やりやすいんだな~と。

言葉に関するイメージなら、たくさん持っているからかも。



他の方たちと話していた時、
自分で自然に言っていたことで、不思議だったのが、

「もう、次のステージに入ってきている気がする」

「痛みや、傷の共有とか、癒してほしい~とかいう段階もあるけど、

それは、もう終わって、

いまは、ただ楽しいって感じ。ただ楽しみたいっておもう」

とか、ぺろっと言っている自分がいて、

云いながら、へえ~、そうかもって思っている自分がいて。


自分が思っているより、
実は、私の現状は、ずっと、調子が上向いているのかもしれないって、思った。

基本、自分への認識が、
他人に対してよりも、厳しくて、
いつでも、「足りない」「自分なんか」って思う、思い癖があり、
ダメ出ししているから、よくわかっていなかったんだろな~。

でも、心のどこか実感としては、
なんだか最近、調子よいかも、
イイ感じに楽しいな~、
自然に楽しいな~って思っている気分があって、

それを自分に結び付けていなかったんだろな~。

「そんな感情、ただの思い過ごしだよ」みたいな、自分への冷たい批評。


最近、
パウロ・コエーリョの『ヴァルキリーズ』って小説を、これまた読んでいたのですが、

今思うと、
あ、そういうことかと。

自分に対する、すごい厳しい突っ込み、批評、否定する声ってのは、

ヴァルキリーズでは「第二の心」って表現されていて、

あと、『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』でも、「わたしのなかの他人」みたいな言葉で、表現されていた。

ようは、エゴの声のことなんだよね、って、気づき。


自分が調子よくなってきても、
ポジティブな良いことがあっても、
なにか心おどる希望を思い描いても、

失敗を恐れたり、不安、自己否定がベースになって、

エゴが巧みに、否定の言葉を、ささやいてくる。

自分の声のように思ってしまうけど、それは、エゴの声なんだよね~。

エゴからみた自分ではなくって、

本心、直観、ピュアな感覚も、もっと信じていいのではないか。

その自然な発露を、流れるままに、流していってあげてもいいのではないか。

エゴを消そうとすると、余計に暴走するから、
それは注意深く、そのまま、そこに置いておいて、

でも、喜びや楽しい気持ち、好きって気持ちを大切に育てればいいのかも。




小説のヴァルキリーズでは、エンジェルに会うことがテーマになっていたけど、

今回ののんさんのご飯会で出会った方たちも、

どこか、『ヴァルキリーズ』に出てくる、ヴァルキリーズをほうふつとさせる、

自由で、自分の本心に率直で、

そしてパワフルでワイルドな魂を持っているように、いま、ふと感じた。


魂に従った、フリースタイルの生き方。

フリースタイルの関係。

そんなビジョンが見えてくる。



いろいろ、盛りだくさん過ぎて、
まだ、まとまりきれない、この感覚。

もうちょっと咀嚼したら、また、落ち着いてまとめてみたい。

それにしても、
ワインが美味しすぎて、酔っぱらっていたのか、
いつもみたいに、お料理の写真が、ぜんぜん残せていない!!!

どんだけ、楽しかったんだい!!




「すごい人」に、刺激される。行雲流水。




ギター一本で、
どこでも、歌をうたって、

自分の世界を、立体化してしまう。

周囲を巻き込み、

染めてしまう。

ミュージシャンはかっこいいな~。

全身で、表現。

その瞬間、その人のすべてが、放出されてるんだろうな。


私も、
みんなの前に立つとき、

そのくらい、「自分」、出せているかな。

よし、出すぞ~~~。






今日は、昨夜の停滞から、
午前中くらいまで、

停滞モードを引きずっていたけれども、

お昼に、偶然Eテレでみた、



『こころの時代~宗教・人生~』

の、

禅僧・野田大燈さんのお話に、

めっさ、刺激をうけ、

おおおっとなり、

途中目頭熱くなりそうになり、

これだ、これだこれだ~~~!!!!

って。

高松で、禅の道場の活動を
禅を通した、
心の教育といった生活面からの変化で、
青少年の教育や更生など、さまざまなことやってきたお坊さん。

すごいよ~。

感動したよ。



世の中、
すごいひとたくさんいて、知らないだけなのだ。



自分がへこんでる、

いま・ここで、修行していることなんて、

まだまだ、修行のしゅの字でもないような、

そんな大きさを感じた。


青空を流れる、

大きな大きな、白い、雲・・・・みたいな

そういう大きさ。


自分は、
「まだまだ、なのだ」と思った。


思いっきり、生きるのだ。

いま、このくらいで、
ぐちぐち音をあげているより、

今を一生懸命、最善尽くして、生きて、

そこから学ぶだけ学んで、

あとは、空に任せて、

卒業する日は、卒業すればよし。

きっと、どこかへつながっていくだろう。



いま、ここで、学べないなら、

きっと、いつでも、どこへいっても、

学べない自分のままなのだ。


だから、思いっきり、吸収するのだ。

今、ここを、生きるのだ。


いつか、夢につなげるために。


知らぬまに、夢を生きているために。

いまを、生きるのだ。




奥田民生、かっこいい。

『イージュー☆ライダー』

厳島神社てのも、またいい!!

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