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「それは遠い国のこと?」・・・平和について思うこと。

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どうしても、
数日前から、落ち着かなさがある。

テレビのニュース。

フランスの新聞社襲撃事件で、
2015年は、一気に、きな臭い気がしていた。

昨年もずーっと
イスラム国が、
いろんな先進諸国でテロをしているのをニュースで見ていて、
みなアメリカに関連のある国で、
日本も例外ではないだろうって予感が、
私はずっとしていた。


で、異物混入のニュースから、
先週は、つまようじ少年の奇妙な事件もあったりして。



サザンの桑田が、
紅白で社会風刺しただの、
紫綬褒章をギャグに使っただの、
歌で、安倍さんを揶揄しただのと、
謝罪の報道が流れてて、また色々思ったり。


そこで、
今週のドカンと来た、
イスラム国の日本人人質事件。


これまで、ニュースで起きている事件でも、
どこか第三者的に、
蚊帳の外にて、
自分なりの意見や考えを持っていればよいと思っていた。

直接関与したり、なにかすることは、所詮できないのだから、と。

自分のできることしか、できないって。


でも、今年に入ってから、
「それって、ほんとに、それでいいの?」と、
思い始めている気持ちが、
どこかにある。



日本人は、甘すぎる気がする。

豊かすぎて、ほんとに、わかっていないんじゃないだろうか。
私も含めて。

人質テロ事件って、
自己責任論もかならず言われるけど、
あれだけイスラム国のことが騒がれていて、
遠い国のお話でも、
いつかは、自分たちの国や、
自分たちの国の人が、
巻き込まれる日がくるだろうって、思わなかったか。
(私は、思っていた。)


正直、イスラム国の、フランスの新聞社襲撃事件の後の、
表現の自由云々の流れも、
わたしは、そう簡単に、
「表現の自由を、応援したい」
と思わなかった。

あれだけの人が、デモするものすごいけど、
再びイスラム教徒を風刺するイラストを載せて、
それを支持する姿勢は、
わたしには腑に落ちなかった。

すごく、ねじれている、
色んな主義主張や立場、
エネルギーみたいなものの、
ぶつかり合いを感じた。

日本は、どうだろうか。

世間はあいかわらず、・・・な気がしてならない。
いまのこの様子をみていると。

今日、午後に、
近所のスーパーに行ったら、
雨だけど、それなりに食料品売り場はにぎわっていて、
たくさんの食べ物が並んでいた。

格差社会と騒がれて、
せちがらい世の中と云われているけど、
日本では、
近所のスーパーで、なんだって買える。

じつにふんだんに、美味しいものが、安全に、売られている。

もちろん、それだって買えない人もいるだろう。

けど、
大多数の人は、
生活が苦しいといっても、
業務スーパーいくなり、激安スーパーいくなりして、
節約すれば、なにかしら食べて生活できる。

ああ、こんなときに、
人質になって、
明日のこともどうなるか分らずにいる人がいるんだ~って、
自分の今いる場所と、
そのこととが、
変な感じがした。



日常の「異化」が起こっていた。


できることは、なにもないかもしれない。

だけど、
祈りの力というものが、
科学的にも証明されつつあるみたいだから、
みんなが祈れば、
なにか、力になったりするかもしれない。
そんな風に思ったりもしている。

いつか、テレビで見た、
ネパールの番組で、
チベット仏教の人が、

「なにをお祈りしているんですか?」

と聴かれ、

「世界平和です」

と、すんなり応えていた。

大きなマニ車をからから回しながら、すんなり。

ばからしいっていう人もいるかもしれない。

でも、そういうことが、
すんなり日常で、
自然体なら、
世界も変わる気がする。



平和って、なんだろう。

そういう問いが、わたしのなかに、ある。


じぶんができることって、なんだろうって思うことが、
とても多い。
最近。

先日、深夜に、
ホッキョクグマのドキュメンタリーがやっていて、
それを見てても、ズーンと感じるものがあった。

エコのことを考える度、
ホッキョクグマのことを思い出そうって、思った。
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