光と風と水と。

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in スピリチュアル

”For Good” より幸せな自分になるために

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ミュージカルの曲が、
妙に好きな、今日この頃。



歌詞が、この曲、とても好き。

英語の原曲がとくに。


I've heard it said
That people come into our lives for a reason
Bringing something we must learn
And we are led
To those who help us most, to grow
If we let them
And we help them in return
Well, I don't know if I believe that's true
But I know I'm who I am today
Because I knew you...
Like a comet pulled from orbit
As it passes the sun
Like a stream that meets a boulder
Halfway through the wood
Who can say if I've been changed for the better?
But because I knew you
I have been changed for good

ミュージカル・"ウィキッド"より、「For Good」

こんな気分で、ここのところは、
いろんな出会いと別れを受け止めている。

それでも、
かっこい良いこと、きれいなことばかりではなく、
泥臭いことも、起きてくる。

わたしは、失敗したかもしれない。

それを、世間や世の中の常識で責めることは、すごく簡単。

これからも、いろんな人に尋ねられるかもしれない。

なんで、そんなことしたの?

なんで、そんな選択肢を選んだの?

そんな風な結果になるって、わかるようなもんじゃない?って。



でも、経験でしか、
人は学べないし、気づけない。

経験からしか、
本当のことは、わからない。

わたしは、失敗したから、
いろんなこと気にづけたし、
これで、いいって思ってる。

自由選択した結果と、
そのリスクと、責任は、
わたしがちゃんと負っているし。

誰かが、それを代わってくれているわけでもないし。

なにを、云われても、
わたしの最近の決断は、まちがいないと確信している。

この経験を通じて、
わたしは、本当のじぶんにまた一つ近づけたように、思っている。
それこそ、
For Good
なのだ。

今日も、なにげない気持ちで云った、ある人の一言が、
わたしの心に刺さった。

子どもにまつわることで、
子どものことを思うような言い方で、いわれた。

私のせいなのだろうか?

子どものために、わたしはじぶんの人生を捨てるべきだったか?

でも、わたしのハートは、

「わたしは、わたしを幸せにするんだ」って。

わたしに、そう答えてくれた。

いままで、
誰かを幸せにしなきゃって、
自分より、人を選んできたように、思う。

結局は、それもエゴだったのだけれども。

「もとの生活に戻りたい?
ずっと、あのまま、同じ生活をしたい?
ずっと、人生がおわるまで、
おばあさんになるまで、あの生活で、あのままで・・・・」

「否。否。否!!」

あのまま、自分の人生を捨てたような気持ちで、
こどものために、同じ生活を続けたとする。

そう想像すると、
化石みたいに、
半分死んじゃった、未来の自分が、イメージできる。

呼吸はして、生きてるのに、
決して、魂やこころは、生きていない自分が。

ゾンビというか、幽霊というか。

そんなお母さんの傍で、
子どもは、本当に、しあわせでしょうか。

世の中には、お母さんは犠牲的に生きるものだって、
先入観がどこかにある。

片親では可哀想だから、
我慢してでも、子どもが成人するまで、
夫婦を続けるとか。

わたしは、それは逆に、
親のエゴ、
お母さんのエゴや言い訳じゃないかって、思う。

自分を生きない、言い訳。

子どもや、伴侶や、
何かのせいにして、
自分のこころをごまかして、生きていけば、
それはそれで、生きていける。

どっちが苦しいんだろう。
どっちが、悲しいんだろう。

人それぞれの選択。

だけど、わたしは、じぶんの「無理」を手放す、
断捨離な決断をし、行動したということ。

自分がそれをわかっていれば、
だいじょうぶ。

ちょっとでも「ん?ちがうかな?」っておもったら、
すっと、手放す実践も、
これからは、どんどんすべき、という実感もわいた。

ここ数か月で、
その練習は積んできたはずだから、
それを、いろんな場面で、適用する。

ぎゃくに、
受けとれる愛は、しぜんに、感謝して、ありがたく受け取ろうと思った。

行った先での、ちょっとした親切な店員さんや人や、
笑顔や、笑いや、
うれしい一言や、助言や。

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