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神々しい人 ~佐藤初女さん講演会に参加して~

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佐藤初女さんの講演会。

感じるものが多かったです。

初女さんをご存じない方は、
こちらをどうぞ。
「ウィキペディア:佐藤初女」


最初の出会いは、いつだったろうか。

初女さんの自伝的な本を読んだことから、その活動を知った。

おむすびの祈り「森のイスキア」こころの歳時記 (集英社文庫)おむすびの祈り「森のイスキア」こころの歳時記 (集英社文庫)
(2005/07/20)
佐藤 初女

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この本を読んで、
感動ひとしきりで、
こんな人生を送っている人がいるんだ~と思った。

森のイスキアへ行ってみたい、なんて思ったこともあったけど、
予約できたとしても、二年待ちだというし、
ほんとうに必要な人が行く気がして、
(ミーハーな気持ちの人がいって、本当に必要な人の席を埋めたら悪い)
ただ、そのエッセンスにいつか触れられたらな~と思っていた。

そこに、今回の講演会の告知。

実際に同じ時代を生きている人で、尊敬する人に、
直接会う機会があるならば、
ぜひ会っておきたいと、
すぐに、申し込んだ。

龍村仁監督『地球交響曲・第二楽章』に出演されたことが、有名で、
今回の講演会で、その部分を流していただけたので、
あらためて、映像で知ることができた。

どうも、ご著書の初女さんのお写真のイメージが強く、
もうすこしお若いイメージで思っていたのですが、
映画に出演されたころは、七十代とのこと。

いまより、20年も前なのですね。

あの段階で、あれだけの素晴らしい生き方をされていて、
それからずっと、おそらく、
20年間、
おなじように活動を続けられてきたと思うと、すごいな~。

体調がお悪いということで、
車いすで入場されていたし、
講演会も早めに終わられた。

やはり年齢ということも、あるんだろうな~と思った。

”献身、奉仕に生きてきた女性の最晩年”と感じた。

以前から、惹かれていた初女さんの生き方が、
どうして、すごいのか。

今回、あらためて、分かった気がした。

いまはもう少し、ちがった見方で、
初女さんの素晴らしさを感じることができた。

「心に傷を負った人、苦しみを抱えている人が、集まり、
寝食をともにする場所、
森のイスキア」。

簡潔に紹介すると、こういうことになるだろうけど、
初女さんがやっていることは、
他のボランティア活動や支援活動とは、またちがう気がする。


ただ、ボランティアしているときだけ、
奉仕者で、良いことしている、とかではなくて。

生活そのもの、
人生そのものが、すべてその奉仕に繋がっているような感覚で、
生きられている。

「佐藤初女」さん個人として、
等身大で、ひとりひとりの人に接しているし、
食べ物を作るときも、ただひとつひとつを、丁寧にやっているかんじ。

しかもそれは、
初女さんが、神がかり的にすばらしいカリスマだからできること、
とかではなく、
もっと謙虚で素直で、素にちかい生活の場面で、
一人の女性としてそれを生きている感じがした。

雄弁に語っているわけでも、
見せつけているわけでもないのに、
どこをとっても、
どこを切っても、
初女さんは、初女さんの哲学や考え方がいきわたっていて、
しかも無理なく、自然で、そのままで、
こういうのが、一番すごいのだとおもう。

美味しいお料理を作って、
食べること。

食べ物の、いのちをもらって、
そのいのちで、人間もできていること。

「食」という面での活動が、一番わかりやすいのだけど、
なんで、ただのおにぎりが、
自殺願望ある人の一歩を、想いとどめさせる力を持つのか。

それは、食材そのものに感謝しながら、
丁寧に、心をこめてつくられた梅干し、お米で、
心をこめて握っているというのもあるだろうけど…。

その場の空気、
初女さんの存在感とか、
初女さんのエネルギーとか、
もうすべてが、そこに詰まっている、
表れている感じ。

なにより、
特別なことをしているという意識がなく、
ただ淡々と必要とされているから、
その人のために、それをしているという姿が、すごい。

「その人のために、それをする」
というのでも、
エゴや期待、
虚栄心、自惚れとか、自己満足とか、
まったくない。

神々しすぎて、
わたしは、なんだか、あらためて、初女さんに出会った気がしました。

たぶん、数年前のわたしには、
ただ表面的な立派さ、
「こんな献身的な活動をしている女性がいる」という、
世間的な評価の面からしか、まだわかってなかった気がする。

初女さんが、
どうして、そこまでなれるのか。

私がおもうに、
たぶん、
信仰がある、というのは、理由の一つではないだろうか。

仕事だから、
奉仕活動だから、
プライベードだから、という切り離しがなくて、
まるっとぜんぶ、自分の生活で、
まるっとぜんぶ、そういう生き方をしている感じ。

自分の生き方として、それをしている、
無理のない形で。

信仰といっても、
なにも、キリスト教だから、仏教だから、無宗教だからとか、
そういうのではなくて、
ただ、良いことを信じる、というような、信心のような。

志ともいえるとおもう。

志、
信仰、
人格に根差した、生き方に根差した、もの。

そういうものが、あるとないとでは、
全然違うんだな~と、あらためて思った。

そして、それは、
完璧な、完全な人間だからできるとかではなく、
むしろ、じぶんの無理・無駄をみとめて、
ありのままの自分で生きる中で、
自分をより透明にしようとする努力の中で、
形作られていくものだと、あらためて思った。

ご褒美会がおわって、
企画を通じて、感じて、気づいたことが、
佐藤初女さんの講演会にいって、
さらに確かめられた。

エゴって、どんなものか。

すこし勉強して、すこしわかるようになると、

要らなくなった、日焼けの皮みたい、

パラパラと、エゴがめくれていくように思う。
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2 Comments

ひとみ  

ありがとうございます!

mariさん、こんばんは。
ご褒美会にも参加しました、ひとみです。
お会いになられたのですね。ご様子や、お話が聞けて、嬉しいです。
私も大好きで、本なども読んでいました。きっと、直接のお話は素晴らしかったのでしょうね。すごく、伝わってきました。
生きる姿に、宗教を超えた神々しさを感じますね。ご褒美会後、ドンドン出てくるエゴと向き合う日々です。また、初女さんの本を読んでみたくなりました。シェアして下さり、ありがとうございました。

2015/04/07 (Tue) 21:00 | EDIT | REPLY |   

Mari  

Re: ありがとうございます!

ひとみさま

こんばんは!
コメントありがとうございました~。

佐藤初女さん、ひとみさんもお好きだとのこと、うれしいです♪。

直接お会いすると、やはり感動しますね~。

初女さんのようにまるきり生きられなくても、
エッセンスを、じぶんのなかでどこか生かして、
日々を生きていけたらな~なんて気持ちになりました。

ときどき講演会をされているようなので、
ひとみさんも、ご機会があったら、行かれるとよいかも?!です。

ご褒美会のあと、変容の日々を送られているとのこと。
けっこう、変化はげしいですよね~(笑)。
わたしも、ご褒美会の感動を強力な味方にして、
日々をのりこえてます☆彡。

エゴとむきあうのは、かなりつらいですが、
それをのりこえたとき、
もっと楽に人生をいきられるような気が、します。

わたしもエゴのひとつひとつを、
観察中&手放し中です。お互いがんばりましょ~!!

2015/04/08 (Wed) 20:19 | EDIT | REPLY |   

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