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美輪明宏版『愛の讃歌 エディット・ピアフ物語』――愛のエネルギー

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ByMari

昨日は、
ル・テアトル銀座で美輪さんの舞台『愛の讃歌 エディット・ピアフ物語』を見てきました。

横断幕

美輪さんのお芝居や音楽会を観に行くようになってから、5年くらい立ち、
おそらく8回くらい舞台をみてるけど、今回が一番すごかった、感動した。

美輪さんのアーティスト、芸人、役者としての力を、これほど感じだ日はなかった。
歌にも演技にも、気迫があった。

感動しすぎて、すべて書けるかどうかわからないけど、書いてみよう。


パンフレットには、「広大無辺な宇宙に匹敵するエネルギー それは、愛する心です」とある。
本当に、このとおりだった。
「一人の人間を知るだけで、十分なのだ」
と気づいた。

世界中を旅して珍しいものをみなくても、東西を駆け回ってその叡智を学ばなくても、
宇宙の果てにいかずとも、
たった一人の人間、その一生、その人生から、この世の全てを学ぶことができる。そう思った。

エディット・ピアフという女性の人生に、この世のすべてがあった。

私は今まで、人間じゃないものや、自然や宇宙のどこか、人気のない場所へ行けば、
この世の秘密が、真理がわかるように思っていた。

でも、実は一人の人間の魂をみつめるだけで、この世の秘密や真理があると、はっきりと教えられた

それは、愛。
純粋エネルギー。
人が唯一もつ純粋エネルギー。


マルセル・セルダンとエディット・ピアフの愛で、
最近ずっと思っていた疑問に対する、一つの答えをもらった。

マルセル・セルダンの素晴らしさは、
エディットを偉大なシャンソン歌手で知り、尊敬しつつも、
エディット・ピアフという女性、人間の持つ、内側、
心、魂、人間性そのものを愛していたということ


見た目の美しさ、外見、目に見える肩書きや社会的地位など、いくらでも上には上がいる。
彼女の代わりになる女は、いるだろう。

しかしエディット・ピアフという人間が持つ内面、心の美しさは、他の誰にも代わることができない。
「唯一無二なんだ」と彼は云った。

見た目の美しさでもなく、年齢、肩書き、社会的地位、お金でもセックスでもなく、
「人間性」だということ。
「あるがままの一人の人間、一人の女性としての君を愛している」。

そんなマルセル・セルダンの愛

エディット・ピアフの愛もまた、それと同じ愛だった。

二人の愛の前では、駆け引きも計算も、期待や見返りを求める気持ち、
自分をかばったり、見栄や気どり、虚栄心も、何一つ入るすきはない。

それくらい、純粋にお互いの人間を尊敬し、愛して、捧げる気持ちしか持っていない。


エディット・ピアフという女性の生き方は、
出会いと別れを繰り返し、さまざまな男と愛を交わしてきたけど、
すべて無償の愛、捧げつくす愛だった。

常識的に、世間的に、現実的に考えれば、
複数の男とかかわりを持ち、誰一人として婚姻関係も結ばず、恋愛をし続けるなんて、
理解されないだろうし、女のほうが不埒だとか、みじめだとか、色々悪く言われてしまうだろう

実際、一緒にこの芝居を見た母は感動しつつも、
現実的には、そんな彼女の生き方は全然理解できないようだった。
「でも、マルセル・セルダンには、奥さんも子供もいたんでしょ?で、どうして純粋なの?」と云っていた

でも、私は思う。「そういう生き方だって、いいんじゃないか。」
彼女はそういう運命、さだめで生まれてきたんだろうし、
世間がどう言おうと、彼女は人をただ愛してきただけなんだろう。
導かれるまま、出会うまま、別れるまま

彼女が稀有なのは、「妥協」や「惰性」、「常識」や「固定観念」で恋愛し結婚している世俗の人たちよりも、
よほど純粋な愛で生きてきたということ。
世の人のような、契約的関係の偽りもごまかしもない。
ただ、あるがまま、純粋に正直に生きた結果が、それだったのだ。

だから、彼女は「一人になったって、平気」なのだ。
「立ちあがってみせる」「私には歌がある」という。

なんという強さ

でも、分かる気がした。
あれほど純粋に愛して、無償で捧げつくせるのには、そんな強さが必要な気がした
一人でも生きて行ける覚悟。愛のためなら。


エディット・ピアフの人生は、きっと美輪明宏の人生にそのまま重なっているんだろう

どん底に落ち、道端のホームレスになり、人殺しと後ろ指を差されても、
「私には歌がある」と、歌を歌いつづけ、誰かを愛しつづけた。

そんな強さは、本物だ。

栄光の頂点とどん底の両極を味わっても、その時その時、生きてゆける強さ。
その理由は、「何を失っても平気、私には歌がある」という強さだ。
<本物>だと思った。


舞台の前半で、黒いぼろぼろの服を着て、初めて大舞台で歌を歌うエディットの場面で、感じたこと。

<本物>を持っていれば、
たとえ服が何であろうと、場所がどこであろうと、関係ない。
ドレスでも、ボロボロの服でも、下町の路上でも、大舞台でも。
彼女はどこでも<本物>なのだ。
一級品の歌、一級品の魂、一級品の人間性


私の好きな、美輪さん版エディット・ピアフの歌が、随所で歌われた。
「ミロール」「群衆」「愛の讃歌」「水に流して」。

「ミロール」を、舞台から前2列目の座席で聴いたら、感極まった
芝居を超えて、美輪さんが、私たちを、今の日本の人たちを励ましているように感じた

底力を感じた。
美輪さんは一応男だけど、あれは、女の胆力そのものだと思った。
母の底力。
鉄砲の弾が飛び交う戦場でも、子供の背中をさすり、あやして「なんでもないよ、大丈夫だからね」と笑う。

「これから必要なのは、こういう強さなんだよな~」と思った。
と、同時に、それはすぐには得難い、経験に裏打ちされた強さ、優しさ、愛なのだと思った。

そして、『愛の讃歌』がエディット・ピアフの死の前後、何度もリフレインで流れていた。

「彼女の人生そのものが、愛の讃歌だったんだな~」と気づかされた。
あの曲一つに、彼女の全てが、魂が、人生のすべてが凝縮されている。
そして、永遠に響き渡る、繰り返されるメロディ。音楽。
彼女の肉体が死んでも、彼女の愛のエネルギーは、メロディにのって歌詞と共に、永遠に響き続ける。

素晴らしいと思った

芸術の力?人間の愛の力???

・・・・感動して、完全に、別の世界に飛んでしまった
戻ってこれなくなった

・・・・というか、まだあっちに行っているかもしれない(笑)。
こうやって文章で、あの感動を書いている間は、私もその世界に暮らしていられるのです。



母と姉夫妻、私の四人だったので、帰り道に、劇場近くの「カフェ・ラボエーム」というお店に入った。
ら・ぼエーム
アールデコ調の窓や内装、白いしっくいの壁が、すてきだった
なかなか良い雰囲気。

ライト
変わったシャンデリア?ライト?なんとなくUFOっぽくて、かわいかった

そして、コースメニューのパスタのなかに、「絶望」なる名前のパスタがあって、異様に気になり…それを注文。
義兄も、なぜか、それを注文。「奇遇ですな~」と笑いあう
絶望
トマトソースの美味しいパスタだった。イタリア名だと「デスペラータ」らしい。
うまうま云いながら、美味しくたいらげ、すっかりハッピーになった夜だった
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Comments 2

まゆ  

その舞台
みたいと思っていました。
ますます 観に行きたくなりました。
ありがとうございます!
今の日本、世界
そして
地球を救うのは

私利私欲のない「愛」です。

だから このような時期に このような
お芝居は
必然的に わかる人に
メッセージとして

届けられているように思います。

2011/04/12 (Tue) 05:24 | EDIT | REPLY |   

蕗乃  

はじめまして、まゆさん

すてきなコメントを、ありがとうございました!

『愛の讃歌』の舞台、みたいと思ってらしたとのこと。
美輪さんのお芝居はどれも素敵ですね。『双頭の鷲』『黒蜥蜴』を観に行ったことありましたが、『愛の讃歌』は歌も内容も盛り沢山で、私は一番好きだなと思いましたよ!
けっこう長丁場の舞台なので、覚悟をもって臨んでいると美輪さんがおっしゃっていた気がします。この先もなかなか貴重な舞台になるのかも?と思いました。

私利私欲のない「愛」。
今の日本や世界、地球を救うのはきっと、そんな「愛」なんですね。
たしかに、この時期でこのタイミングで、あの演目が選ばれていることに、深い意味を感じました。さすが美輪さんですね。

今だからこそ、愛の大きさや強さが、ありのままに感じられるのかもしれないです。

美輪さんのアーティストとしての力を感じました。
舞台の外がどんな嵐でも、美輪さんが立つ劇場の中は、
「完全なる愛の世界」でした(^^)。

まゆさんもぜひ、行ってらしてくださいね~☆。
きっと勇気をもらって、元気になります!!

2011/04/13 (Wed) 11:25 | EDIT | REPLY |   

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