出来上がりは完璧じゃなく、プロセスも凸凹かもしれない。

先週あたりから、映画DVDを借りてきて、
ちょこちょこみる・・・ってのを、やってます。

印象的だった映画の一つ。

『チョコレート・ドーナツ』



家族ってなんだろう。

親子ってなんだろう。

考えさせられる映画でした。

”HOME”って言葉を、
キーワードとして、また受け取りました。

チョコレートドーナツ一つにこめられた想いと温かさ。

きちんとした、「子どものためには、これはこうだろう」「って考え方もあるけど、
ときには、ちょっと違うやりかたで、
ドーナツを一個食べたって、いいでしょって。

そのドーナツ一個で、子どもに愛が伝われば、
あとは、だいじょうぶ、みたいな。

世の中のルール、秩序、制度と、
それだけではくくれないもの、
むしろはみだしていくもの。

目に見えないけど、感じるもの。




昨日は、またカウンセリングの講習で、一日出かけてました。

最近、河合隼雄の本を読み返しつつ、
クライアント体験もしつつ、
また実習をしてみると、
多角的な角度から、
カウンセリングや、カウンセリングという手法、関わり方について、
学んだり、気づくことが大きい。

カウンセリングって、ほんと奥がふかいな~って思う。

ただ、その時間だけ、ってこともあるけど、
考え方や方法、
思想、姿勢は、いろんなことに通じていく。

河合隼雄の本を読んでいると、
真剣度が高くなければ、
カウンセリングは、意味がない…といったところがある。

真剣でむきあっているようなものだ、
みたいな、緊張感と重みが、
河合隼雄の本にはあって、
でも、それは文字通りの、
真剣勝負できつく、きびしく、相手にあたっている・・・・とかとは、まったく異なる。

姿勢としては、すんごい大らかな度量で受け止めながら、
緻密で繊細な観察と、
相手のことを自分のことのようにかんじる感受性で、感じながら、
自分の中のゆらめきも、観察しながら、
相手と向き合っている・・・というか。

仏像のように、ど~んとゆるぎない聴き手のようでいながら、
なにかを察知すると、
自然にすっと、応答や質問、声掛けをするといった・・・。

そういうあり方を、真剣にやって、
相手と向き合っているという事。

さじ加減ひとつで、全然変わって行ってしまう、世界。

それでいて、何度もくりかえす対話で、
着実にゆっくりと、変わっていく、
変わるしかない部分もあったり。

そういうのを読んでいると、
合気道とか、
武道の間合いを思い浮かべる。


たしかに、練習でもかなりイイ線の経験はできるけど、
実際のクライアント体験で、
現実のセッションを受けていると、
そんな練習とはまったく次元のちがう、本気の心の動きがあるので、
これを受け止めるカウンセラーさんもやはり、
それなりのものを、「支払っている」「賭けている」とおもう。

「支払う」「賭ける」って、お金の事ではなく(^_^;)、
いろいろなエネルギーやこころや、能力、リスクや、
人間としての何か、ってこと。

それを支払っていないとしたら、
たぶん、クライアントにも、それが伝わるし、
こころに響かないだろうな。


・・・といろいろ自分なりの「カウンセリングとは?」について、考えを深めながら、
一方で、

人生って、
そんな簡単に決まりもしないし、
かといって、大雑把だけでもないし、
しゃにむにやっても、動かない時は動かず、
思いがけないことで、動き出すこともあったり。

こうだって、決めつけずに、
「どんなんでもいいんだよね~」って考えも、
最近の私のベースには、ある。


正解は、ない。

これ一つに、尽きる。

正解はないので、
それよりも、
じぶんがどう満足するか、気持ちを充実させていられるか。

その気持ちの部分が、一番大切な気がする。

できあがりも、完璧じゃなくてもいいし、
プロセスもでこぼこ、かもしれない。

でも、まあ、
じぶんがよくがんばった、勇気を出してトライしたとか、
人として誠実に、心は尽くしたとか、
いろんな出会いや気づきがあった、とか、
見方はいろいろだ。

そういうのを、いかに掬っていくか。

そこが、大事なんだろうな~って感じた。


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