ひとの経験の重みと、光  ~映画『プレシャス』を観て~

今朝は、目覚めがちょっと変な感じ。

へんな夢をみたので、
こころのなかで、なんか、腑に落ちなさがあって。

たぶん、昨夜、寝る前に映画をみて、
その映画の気分が残っていた・・・というのもあるだろう。


映画って、すごいな~っておもう。

食を探求するのとおなじくらいに、
映画も、

B級グルメもあれば、
芸術的な美食もあれば、
マクロビみたいな素材第一、精神主義みたいなのもあって。

ただ、映画って、
「映画だからね~」のような、
ストーリーの都合のよさとか、作られた感が強い時も多い。

それが気持ちよいときもあれば、
現実はそうじゃないよね、ってな感想を抱くときもある、アレだ。

それも、ない映画ってのが、あるんだな、と。

安易な救済、昇華ではなくて、
人の心や、社会に、うったえようとする、
表現の何か、みたいなものを、感じさせる映画もある。

ひさしぶりに、そんな映画をみた。



いつか映画批評で読んで、高評価だと知っていた映画。

でも、機会がなくて見てなかった映画。

今回はたまたま借りてきて、観てみたのだけど。

予想より、覚悟がないと、観られない、観ないほうが良い映画もあると知った。

かんなり、重い。

これから、もし見る機会がある人いたら、
まだ日の明るい時間帯に、体調の良い時に、観たほうがいいです。

あと、「これは、なにを表現してるんだろう?」ってどこかで視点をもって、
みたほうが、飲み込まれないかな~って感じ。

※ネタバレになりそうなので、ここからは要注意。

プレシャスの母親役が、とにかく、すごい。
迫真の演技過ぎて、
役者だという事を、忘れてしまうくらいだった。

この人、これでアカデミー賞の助演女優賞かなにかをとっている。

プレシャス役の女優さんの存在感もすごいけど。


あと映像表現として、映画の演出として、
モノローグや、プレシャスの空想場面や、フラッシュバックの場面が、
たくみだった。

こういう体験をもつ人の心の世界は、
心象風景は、
こんななんだろうな、と垣間見せてくれる。

ふつう、映画は、
主人公の視点に、みんな感情移入して観るもの.

だけど、この映画の場合、
どこまで、この主人公についていけるかというと、
正直、
途中で、ギブアップしてしまう人も多いと思う。

というのは、この主人公が悪いのではなく、

この人の経験が、
あまりにも壮絶で、受け止めきれない(一般的には)レベルだと思うから。

安易に、すべて共感できるものではなく、
つらいつらい気持ちになる。

一言で表現すると、

『内臓を掴んで、引っ張り出される』みたいな、
臓物にくるかんじでしたよ、それくらいでした。


この映画をみて、ひとつ、わたしが抱いた感想は、

「わかったふり、するの、やめよう」

「知ったふり、するの、やめよう」


ってことだった。

話を聴くことはできる、
共感しながら、どこまでも一緒に寄り添うことも、できる。

ただ、その人の経験をまるきりわかったり、知ったり、することは、
他人には、できないんだ、ってこと。

そのくらい、人間の経験の重みってものは、ある。

それを尊重するという事。

尊重しながら、
どこまでもその人の幸せ、平和を想う姿勢だけが、
唯一できることな、気がした。


プレシャスをみていて、
わたしは、暴力のシーンとか、
あの部屋のなかの追いつめられる感じ、閉塞感、恐怖、緊張とか、
どこか、いくぶんでも、分かる自分が居て、
それは、
わたしもそういう体験をしたことが、別のパターンで、いくぶんでもあるからだろう。


ふしぎなことに、
そこで、「暴力ってこわいな~」って重ねて思い出しながら、すこし納得していた自分もいた。

ひとは、わかったふりをしてくれるけれども、
きっと、こういう経験は、
経験した人にしか、分からない部分もあるんだなと。

滅多に、こんな経験、人はしないよ、と。

自分の経験の幅で、なんとか理解しようとするけど、
プレシャスの主人公レベルになると、
同じ経験をしている人のほうが、滅多といないと思う。

でも、レベルはどうとして、
なかなかそういう経験は、ひとには、ない、ふつうは。

かといって、その経験を、どうこうって、思って、
こじらせて(苦笑)
「わたしは、ひととちがう」
もしくは「特別」って、おもうのも、
その人をまた変に苦しめる気がした。

じゃあ、どうやって、
その違和感を埋めるか。

ようは、「理解され無さ」の問題なのだろう。

違和感を埋めるってのを、努力するより、

違和感を感じて、
理解されなくて、つらい、さびしいなって感じてる、
自分を自覚するってことなのかもな。

そういう中に、立ち止まる勇気、ってのもある。

そこから逃げ出すな、
そこばかりみて、苦しめってことじゃなくて、

そういう感情を、じーっと見つめてあげる、じぶんのために。


最後に、
映画『プレシャス』のよかったところの一つ。

そんな悲惨で過酷な経験の中で、
主人公のプレシャス自身は、
じぶんの子どもへの愛や、友情、友達や先生との信頼、
なにか受け取ることも、少しずつできていたこと。

「自分の人生は、自分で決める」って、最後には云えていたところ。

そういう、プレシャスの強さや光もまた、
リアルに、現実主義で、描ききれていた。

だから、安易な「感動」ではなくて、
内臓をわしづかみするような、感動を与えるのだと思う。

・・・とはいえ、
苦手な人は、たぶん、苦手な設定だと思うので(^_^;)
ほんと無理せずに、機会と興味があったら、観てみてください、な映画でした。


関連記事

コメントの投稿

Secret

google広告

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

プロフィール

Mari

Author:Mari
さすらいの文学少女・・・またの名を、夢見るファイター?。

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

リンク

フリーエリア

CREDIT

top