人の限界。選択の自由。

知名さんのブログにて、
水星の逆行が、やっと明けたとのこと。

ちょっとホッとしました~(^_^;)。

だいぶ、水星の逆行の時期で、
じぶんのなかも整理できたので、
停滞もそれはそれで、よかったのかな~。

昨日も、
ちょっとへこむ出来事があり、
物事って、立場によって、いろんな考え方、受け止め方、期待、想いがあるよな~って
おもいました。

その人の立場上、
ここまでは、できて、
これ以上はできない、というのはあるので、仕方ないとは思う。

だけど、どうも、理性で、頭でそう理解しても、
ハートで、腑に落ちなさが残るときもある。

落胆し過ぎず、
期待し過ぎず。

子どもとじぶんの未来のために、
もっと強く、しなやかに、なりたいな~と思っています。


なにか腑に落ちないことが起きたとき、

ついつい、じぶんの損得勘定になっていないか?

じぶんも当然損得があれば、
相手も損得があるわけで。

自分だけが損得じゃなくて、

相手だって、人間だから、損得勘定はあるよね、と単純に認めるのも、
大事だって、やっとわかった。



そんな風に、『人の「限界」』ってものを理解すれば、

じぶんが一方的にかわいそうな被害者で、

相手が、利己的で、情のうすい加害者という風に、安直に構図化せずに済むと、学習した。


うちの両親や、周囲に言わせれば、

「相手の方が、無責任」とのこと。

「まあ、そうかな~」ってわたしも、想うんだけど、

それだけじゃなくって、

どうして、その人は、そういうリアクションをしたのか、をじーっと観察してみると、

「その人の、人としての限界なんだな」って思った。


いろいろ理屈、説明、理由を展開し、
ときには、こちらの事情のせいだ、のように説明されるけど、
ようは、その人の「限界」なんだよね。


本来は、その「限界」が理由であって、
私のほうに、非があるわけじゃない。


ただ、人間は自己弁護する生物だそうなので(笑・小林秀雄の言葉とのこと)、
巧妙に自己弁護する結果、
ご本人に理由がないような感じに、お話しされるわけですな。

ああ、人間って、こういう生き物なんだよね~って思ってた。

わたしをふくめて。

あとは、自己弁護の程度や質、巧妙さの度合いのちがいなんだな~って思う。

いろいろ思索した結果、
「これは、ないだろ?」って思ったとき、
その人のことは、反面教師にして、
じぶんはどうなりたいか、ありたいか、考えることにした。


私としては、
いちいち、いろんなことに落胆してても仕方ないな、ってことを、
この二か月で学んだ。

相手も相手の立場で、計算があるし、物事を有利にしたいし、
リスクは負いたくないだろうし、
じぶんが損になるようなことを、したくはない。
そして、自分は正しく、相手は間違っていると思いたい。

私も私で、こうしてほしかったって希望があるし、
自分が損になるようなこと、嫌なことを、進んでするわけはないし、
それを単純に飲み込んだら、おかしいって場合もある。

相手も、わたしも、
みんな、エゴがある。

エゴが、大きいか小さいか、巧妙か、巧妙じゃないか、の差なのかも。

三月のご褒美会の録音を聴きなおして、
知名さんが話してくれたことが、
いまやっと整理されて、実感として、納得されている。


だから、
「それはそれで、いーんじゃない」って思えるようになった。
・・・・かな??。





面白いんですが
・・・と、前置きしてて、変ですが(笑)、

わたしって、「人を選んじゃいけない」という強烈な思い込みがあったんですよ。

『来る者拒まず、去る者追わず』みたいな姿勢が、常にあった。

「選ぶ=差別」だし、
わたしが選ぶなんて、おこがましいし、
そんなことしてたら、友達がいなくなる・・・って思い込んでた。

だから、どんな人が来ても、どんな人と出会っても、
まあ、出会ったからには、いい人って思うようにしてた。




でも、よくよく観察して、周囲にも意見を聴いてみたら、

けっこう、みんな、付き合う人を、選んでるよね!!(^_^;)。

「この人、合う」「この人、合わない」って、

自分の感覚、好き嫌いで、ちゃんと分けてる。

それが自然でふつうなのだと気づいたら、私の変な思い込みに気づきましたよ。


正直な自分をじーっと観察してみたら、

私にも、ちゃんと「合う・合わない」はあって、

それに対して、鈍感だったり、見て見ぬふりしていただけなんですよね。


わたしにも、選ぶ自由はあるし、
個人的な好き・嫌い、合う・合わないは、ある。
人間ですから。


これからは、無理して、「すべてOK」ではなく、

みんながしているように、

「合う」人とだけ、付き合おう、付き合ってもいーじゃん、って思えるようになった。

というか、
今迄みたいに、無理・無駄ができなくなった。

ある意味、自分のエゴで、「キャパが広い~」ってやってたのかもしれないけど、
だんだんと、
なにを大切にしたいか、守りたいもの、
じぶんにとって愛と光を感じるものが、はっきりしてきたから、
無駄遣いができなくなって、きてるんですね。

いままで、超大盤振る舞いで、無駄してたけど。

労力の無駄、エネルギーの無駄、時間の無駄。

エゴでくっつく、無駄はできなくなってきた。

だから、相手に何かフィットしないものを感じたら、

良い・悪い、正しい・間違っている、ではなくて、

ただ、離れればいい、別の場所へ行くという選択肢にすることにした。

「説明、対話、説得も、もう要らないかな~」って感じ。


なんか、そうするほうが、
お互いにとって本当の意味で愛があるし、身軽な気持ちになる。


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