鈴をガランガランと鳴らす如く。竹をバリバリと割る如く。

今日は、素敵な夕べを過ごしました。

ひさしぶりに、のんさんとお会いして、
フリーの料理人さんの作る、
タイ料理を食べるという会に参加してきました。

お店も、スタッフさんも、
そしてお料理を作ってくださった、クミコさんも、
とても素敵な方で、
リラックスしつつ、
いろんな味を楽しむことができました。

いつもなら、たくさん感想をアップするところですが、
今日は、なんとなく、
お料理の味を味として、
お話しをお話しとして、
場所の雰囲気を雰囲気として、
じっくり味わうことをしようとおもい、
あまり写真を撮ったり、あとでアップすることを意識しないように、
ゆる~っとしてみました。

とてもたのしかった~!

のんさんとも、いろんなお話をして、
また切り替わるのを感じました。


少しずつみえていたラインの、
点線部分が、
繋がりだして、
すこし実線の部分が増えていった感じ。


先日、福井の永平寺に行ったときのこと。

人間の音や臭い、その人らしさを、
極限までおとす、手放す、消していくことで、
形式や様式の中にはいっていき、
至高にたどりつこうとする方法、修行というものを、
感じて、
特に、仏教でも、禅宗にそれが顕著なんだろうけど、
清澄で、洗練された究極の三昧境があることも感じ、、
すばらしく美しく清らかに感じた。

一方で、

私の個性としては、
元禄文化だし、アールデコやロココ調、
安土桃山文化とか、
かとおもえば、アイヌやネイティブアメリカンの文化人類学みたいなもの、
歌舞伎、浄瑠璃のようなもの、などなど、
いろんな形や枠から常にはみ出た、
華やか、にぎやか、大胆、純粋で、粋なもの好きで、
人間らしさが、ドラマ、ストーリーが、
カタストロフィーと共に流れ、
音楽、色、きらめき、香りがあり。

また、
大きな鈴をさげて、がらんがらん音を立てて、生きているところがあり、
バリバリバリ~って豪快に竹を割る勢いで、生きているところもあり。

「ああ、この世界とは、ぜんっぜんちがうわ~(^_^;)」とも思ったのでした。

すくならかず、いま・現代のわたしとは、まったくちがう。

同じ曹洞宗でも、
大雄山は、天狗の山なので、
もっと野性味のある、原始的な森であり、山なのだと、わかりました。
だから、大雄山がいつも好きなのだな~とも。

永平寺は、その意味で、
非常に、人工的で、文化的社会的ともいえる。

永平寺は、参拝者が拝観する前に、
一つの場所に集められ、
そこが禅の修行の場であることや、場所の意味、修行の説明など、
いろいろしてくれるのですが、

そんなとき、
なぜだか、最前列で、たまたま空いていた、
私の隣の席へ、
途中から、若い短パン&Tシャツの、茶髪の、若いギャル2名が、
おずおずとやってきて、座ったのです。

なぜ、わたしの隣?(軽く衝撃)。

他にも、席は、ありそうなのに(他は、年配の人が多いから??)。

私が座れるようにつめたら、恐縮な様子でお辞儀し、しずしずと座る。

目の前で説明してくれてる、若い坊さんは、
まじめだけど、滑舌悪いし、
緊張してるのかと、こちらが気遣うほどで、

「この調子で、実家に戻って、寺の後を継げるのかね??
檀家さんや、法事の場で、話ができるかね?
大丈夫かね???」
と、勝手に心配していたところだった。

かといって、神妙な顔つきの、
この短パン&Tシャツの茶髪ギャル2名との対比が、

「めっちゃ、色じゃん!!」とか、突っ込みどこ満載(笑)。

「永平寺に来ても、ラブ運はアップしない気はするよ~~~(コソコソ)」みたいな。

「仏教は、ノット、ラブ運だとおもうゾ~。いくなら、伊勢か出雲、だっちゅーの☆」とか。

「この、迷える、茶髪ギャルをも救える、なにかが、ありますか???」とか、

「いや、この茶髪ギャルのほうが、世間を、人間を、知っているかもしれない」とか。

いろんなことを思って、
世俗と、寺院との、中身について、思いましたとさ、チャンチャン。

そんなこんなで、
若い坊さんに「朝3時半に起きてます」と言われても、
あまり、感動もせず、
「それより、乳児や子どもを育ててみたら、
そっちのほうが大変ですよ」と、まじめに云ってみたい、今日この頃。

大人ばかりが相手で、形式の中で、自分の事だけやっているほうが、
よほど、簡単だし、
己を試されずに済む。

寺は守られているよ。いろ~んなものから。
俗世間のほうが、荒療治ならぬ。
荒修行だよ。
タフネスだよ。

形式や枠の中にいて、
絶え間なく、向上する、磨いていく世界ってものもあり、
似たような世界に、私もいたこともある。

その中でうまくやっていく、生き方も知ってる。

でも、「なんだか、ちがうんだよな~」な、私が、いつも居る。

もっと、楽しく、
もっと、新鮮で、
もっと驚きや感動に満ち溢れた、
枠からはみ出た、なにか。

ひとりひとりの、その人の人格、
個性、センス、感受性、感性、
存在感。

匂いたつもの、音を立てているもの。
発しているもの。

消そうと思っても、消せない、
その人らしさ。

結局、どんなに誰かの物まねしても、
技術や方法を学んでも、
その人らしさは、最後まで、残り続ける。

私はそういうのを感じているほうが好きだし、
文化や芸術って、
そこから、生まれるんだよな~って再確認。


ぐるっとまわって、何が書きたかったかというと、
のんさんと今夜お話ししていて、
ああ、わたしも、
結局、枠にはまれないタイプで、
むしろ、どんどん枠からはみ出ていく、
新しい何かタイプなのだろうな~ってことでした。

もっと野蛮で、もっとパワフルで、
繊細なのに、
どこか、どっしりしてて、
原始的なピュアさがあるような。

流れ星みたいな、
おもいがけない、新鮮さ、驚き、おもしろさ。

そういう世界が、好きだし、
そういう世界をこれからも求めて、やっていきたいな~。

今日は、じぶんをおもいだした日でした。

のんさん、ありがとう<(_ _)>
感謝です。

また明日から、もりもりっと、
マイロードを探求します。





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