一歳六か月健診を終えて。子どものこれから?

今週は怒涛の毎日だったな~。

8月31日の、離婚届提出、区役所めぐりを皮きりに、

9月1日は、雨だったので一日家に引きこもりつつ、ネットひとり親支援について調べつつ、
クレジットカードや、携帯電話の、名義変更の問い合わせ電話をする。

水曜日は、午前中に警察署へ行き、免許証の書き換え、
午後は子どもと元夫の初めての面接交渉&養育費を振り込んでもらった。

木曜日は、一歳六か月健診&銀行めぐり(名義変更や新規口座開設)&保険証の更新手続き、

金曜日は、自分の病院診察&郵便物の送付&午後はちょいと母親の買い物に付き合う…などなど。

昨夜はさすがに、疲れたな~って感じたし、
毎晩、ぐっすり寝て、寝ても寝ても、少し足りない感じ。

離婚すると、
名義変更が、結構多くて、大変だ。

これも、前情報で聴いていたことだけど、
やってみて、なるほどな~って感じです。

ま、でも、できないわけでは、ない。ただ大変ってだけでね。

印象的だったのが、
子どもの一歳六か月健診。

無事乗り切った~的な・・・。

こちらも、御存じの方はご存知かもしれませんが、
それまでの健診と違って、
一歳六か月から、発育・発達の個人差が出てくるらしく、
言葉が何単語話せるとか、話せないとか、
指さしができるできない、とか、
母親は結構ドキドキしながら、健診を受けている。

いまどきは、なにかあったとしても、早期発見で、
ちゃんとした支援やケア、フォローを受けることもでき、
それが子ども自身へのためになるそうなので、
その点は、あまり心配はしてなかった。
ま、そうだったら、そうするんだろうなーって思ってた…かな。

元気に健康に育っているし、
良く動くのも、元気な証拠、
目を見てお話もできるし、順調ですね、と慰められ、
なんか、うれしかったな~。

いろいろ調査票に書く欄があり、
最近離婚したこと、
これから片親で育てて、ちゃんと親として、子どもに良い環境・よい子育てをしてあげられるか、
すこし心配、といったことを、書いていたら・・・。

保健婦さんがいうには、

「いまどきは、あまり表立ってないだけで、
結構、そういう方(ひとり親)の人も多いんですよ~。
だからといって、子どもの発達が、どうこうとか、全然ないし、
大丈夫ですよ~」

とのこと。
不安なこと、心配なことがあったら、相談に来てくれればいいし、と、
サクッとしてて、
ああ、な~んだ、って、こちらも思った。

じつは、
わたし自身も、本心では、そう言うほど、
「ひとり親」だから、
子どもはパパがいない家庭で、生活で、教育に悪影響かもしれない、とか、
必死で心配になっていなかったりするのだ。

自分の腹積もりのなかでは、
「べつに、ぜんぜん、だいじょうぶでしょ」って気持ちが、強い。

私にとって、子どもを育てるうえで大切だと感じた、
感じていることは、

子どもにとっての、周囲の大人や、同年代、ちょっと上の世代の子どもといった、
色んな人とのかかわり合い、ふれあいであって、

そこで、きちんと、「HOME」=「家」「絆」「人との関わり合い」を築いていければ、
子どもは、安心安全に育ち、
人間としての基盤が、できあがるだろう・・・って想いがある。

なにも、
「ママ」「パパ」「祖父母」etcといった・・・役割の人が、
必ずそろっている、のが、重要なのでもなく、
逆に、
ふつうの家庭に育っても、
子どもと、周囲とが、ちゃんと関わり合いを築けなければ、
なんの意味もないし、
問題も起こってくるだろうって思うのだ。

suido
(福井・丸岡城にて。水道が好き・・・・)

面白いもんで、
面接交渉の事で、
いろいろ考えたり、色んな人の意見も聴こえてきたりしたけれども、
最終的には、
わたしは、とりあえず、子どもに父親と会わせるという選択肢を、選んだ。

ある人の意見では、

「父親にはまったく、会わせないほうが、後々になって、良い。
縁を切ったほうが良い。
自分が再婚したりして、
また別にパパができたとき、複雑になる」という。

また、そうじゃなくても、
離婚してから、
元夫婦の感情論で、
親権者が、男親に、まったく会わせない・・・という選択肢を選ぶ人も、多いようだ。

わたしは、
色んな意見を並べて、自分で自然なおさまりどころを選んだ結果、
そんなに頻度が高くない回数で、
父親に会わせるのが、まあ、妥当だと、今のところ、思ったのだ。

今だけの感情ではなく、私だけの感情でもなく、
子どもの発達、今後、人間として、人格を持っていくうえでも、
実の父親とまったく切れてしまうより、
まあ、会ったことがある、会っていた・・・と記憶に残ったほうが、
いいと判断した。

その子の人生の中では、
その方が、いいと、判断したのだ。

実の父親が、たとえ、どうしようもない、ダメな人間で、
人生の落伍者、「人間失格」そのものであっても、
存在しているものを、抹消することもできないし、
嘘偽りで、その存在をごまかしていたとしても、
いつか、子どもの方で、実の父親を探したり、
父親の幻想を思い描いだりするようになると、思った。

そうなるくらいだったら、
実際の父親を、
子どもが自分の目でみて、自分で感じで、判断すればよい、と、
ごくごく、個人主義的な感覚で、思っている。

子どもだって、バカじゃないから、
そのうち、物心がついてきたら、
自分で判断し、自分の価値観を持つようになるだろう。

私は、子どもを傷つけないように、嘘をつくとか、虚飾を重ねるとかより、
正直に、ぜんぶ話していこうと思ってる。
良いことも、悪いことも、
ありのまま。

それで、子どもが自分なりに考えて、
そのうち、判断する能力もできてきたら、
納得する日がくるだろう、と思うのだ。

人生って、甘いだけのものでも、辛いだけのものでもないし、
そんな単純でもない。

子どもになるべく苦労させないように、
と、親は願うんだろうけど、
苦労の種類、ってのがある。

理想やきれいごとばかりだけでも、いられないし、
むしろ、直面せねばいけないことがあるなら、
それに生身で触れて、経験から学んでいくのも、
人生において貴重な経験だろう。

うちの子は、一歳半にして、複雑な状況に投げ込まれているかもしれないけど、
そして、それは続くかもしれないけど、
この子の安心、安全、健やかで平和で、愛の溢れた環境は、
私が全力で守り、築いていくし、
人間の土台、基盤の部分を育む意味で、かならず良い教育をするし、
この子はこの子で、
そんな諸々を乗り越えられる力を、持っていると、
なんとなく、信じている。

まるで、オオカミの母親が、
弱肉強食の大自然の中で、
子どもが育っていくのを、見守るみたいに、
本能的な感覚で、そう思う。

作家・津島佑子の小説にも、
そんな母性が、よく出てくる。

いまなら、とても、良くわかる気がする。

日本人的な、しけっぽい、
義理人情の「家」感覚、情がらみの感覚より、

離婚&再婚がたくさんの、
欧米人的な、
ライトな個人主義、合理主義の感覚のほうが、
私には、合っていると感じる、今日この頃。


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