他人の夢ではなく、自分の夢を。

昨日の満月、
よかったですね~。

体調的には、めちゃ、どよ~んとして、変な感じでしたが、
たぶん、エネルギー的調整が入ったんでしょうね。

満月の前後って、私の場合は、体調不良になることが多いです。

今日は、なぜだか、
昨日のどよ~んがうそみたいに、
なんか、ぴかり、としたところがありました。

さくさくっとして、ぴかりとしたところ。

「新しい断面」って、よく書くけど、
ある程度予想できていたもの、できるものと、
まったく、新鮮な場合と、どちらもある。

昨日、一昨日あたりから、来ているウェイブは、
新旧が、
うま~い具合にブレンドされて、
「ああ、そうだったの?」みたいな感じ。

古くても、ずっと残しておきたい、残しておくべき、大事なことで、
忘れてしまっていたものが、
ぴかりと、
再び輝きだした。

情熱のともしびが、再び、灯るように。

逆に、
これまで繰り返されていて、自己認識済みの、
もう、手放したいパターン、卒業すべき「悪癖」は、
終了する、
または、違うパターンで塗り替えていく、スイッチしていく…といった風に、
転換していく・・・・といった感じで、
それが「サクサク」なのかも。

致知出版社のイベントも、
藤尾社長のお話しもすごく良かったけど、
なんとなく聞いていた、
同年代の愛読者の人のスピーチの中に、
今の私のヒントがあった。

その人は、
某有名大学の研究室で、研究員&助手をしている、30代前半の男性だった。

本当は、子どものころからあこがれてた、
理科の先生になるつもりだったんだって。

だけど、
自分の夢を語れない、
自分の夢も達成できない人間が、
子どもに何を教えられるのか???

まず、自分が夢を実現、達成するのが、本当なのでは?

と、思ったことから、

研究の道、研究者の道で、
行けるところまで、行ってみようと、志したのだそうな。

もちろん、苦しい時期もあったそうで、
バイトや奨学金だけでは、
実質、これ以上、無理だろうって時もあったそうだけど、
自分の信念だけをひたすら信じて、
がまんして、続けてみたところ、
従来の研究になかった、新しいものを開発することに成功し、
賞までいただいたそうな。

・・・・と、賞までいただいた成功譚もすばらしいとおもうのだけど、
私の心に残った箇所は、
そこではなくて・・・。

「自分の夢をかなえられないような人間が、
子どもに、なにを、教えられるのか?」

という、彼の、誠実な問い。


これを聴いて、
そのときは、なんとなく、「おっ」と思いながらも、
通り過ぎてたのだけど、
妙に、後から後から、思い出してきた。


わたしの夢って、なんだったっけ?


本当にしたかったことって、なんだったっけ?

・・・正直、直後には、
思いつかない自分がいた。

すぐに、ぱっと、言えない自分がいた。

でも、面白いことに、
姉から勧められていた、
映画『ナルニア国物語』を、第1章~第3章までちょうど観ていて、
昨日は、第3章をみて、
なにかふう~っと、わくわくっと自分の中に、蘇るものを感じた。

うん、
もしかして、それは、
せん23日に偶然、BSプレミアムでみた、
『永遠のターシャ・チューダー ~生誕100周年 夢は今も息づいて 』
の、影響もある。

まちがいなく、あの番組の影響もある。

nohara3
(今春に撮った、レンゲの花畑と帽子)

夢というのは、
叶えるものであって、
それは、「するか/しないか」だけの話だと、あらためて、教えられた。

ターシャ・チューダーも、
あの夢の家を建てたのは、50代の時だったと、知り、
小さな衝撃をうけた。

彼女の努力と情熱、ひたむきさに、感動したのだった。

ターシャのデビューは、じつは、23歳と、とても早い。

だけど、あの家を建てたのは、50代の時なのだ。

ということは、
およそ30年は、あの家ではなく、別の家に住んでいたのだ。

夢の家、夢の生活を実現すべく、
ず~っと彼女は、あきらめずにいたという事。

その30年があったからこそ、
やがて思いが実って、
50代でバーモント州の田舎に移り住み、
古き善きアメリカの、1880年代と同じ建築法の、家を建て、
自給自足に近い生活を始め、
91歳でこの世を去るまで、あんなに美しい世界を形作れたのだ。

いきなり、楽園のような、
すばらしい家と庭が、ぱっと、できたわけでは、ないのだ。

すべて一から、自分で作ってきた・・・というのも、すばらしい。

夢って、誰かに語るものでも、
誰かに見せるものでもなく、
ただ、ひそやかに、
静かな、喜びであって、
自分だけの純粋な満足、輝き、なんだな~と思った。

気が付けば、
世の中や、世間や、
社会的にどうとか、
家族のためにどうとか、
世間体がどうとか・・・・。

そんなものに染められて、
「自分の夢」だと思い込んでいるものが、
「他人の夢」だったりする。

他人の夢を、
自分の夢だと思い込んで、気づかずに、生きているのかもしれない。

自分の夢から逃げずに、
自分の夢にむかって、
生きていこうって、思いました。

もう、ごまかしたり、逃げたりすることもないし、
誰に証明したり、説明する必要もない。

自分さえわかっていれば、
それでいいんだな。

それが、自分の夢か、他人の夢かは、
自分が一番わかってるのだと思う。



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