およそ一年前の出来事。そして、今日は今日。

水曜日に、
「ふしぎな先輩」とわたしが思っている、女性に、
1年ぶりくらいに会った。

昨年8月末、
この先輩に会った日の夜、
わたしは、「これは、もう、無理だわ!」と思って、
元夫と住んでいたアパートを出て、
実家に戻った。


我が家では、
「ソーセージ事件」とよばれている日だ。

その日は、夕飯に、
沖縄土産の、アグー豚のソーセージを、
ボイルして、食べていた。

予想以上においしかったから、
「お取り寄せもできるかも?」と、
わたしは、流し場から、再びパッケージを出して、生産者のラベルをみていた。

「ねえねえ、美味しいね!
これ、またお取り寄せできるかな」

私は、日中、先輩と会って、楽しい時間を過ごせたのもあり、
とても上機嫌だった。

そんなとき、パッケージから、ソーセージの汁が、床にたれた。

元夫はそれをみて、

「ほら、垂れただろ!
汚い!シミになる!!」

「なんで、のんきに、そんな風にやってるんだ!
なんで、すぐ拭かないんだ!!!だらしない!!!!」

と、わめいて、
不機嫌に、一方的に怒りだした。

どうして、たった数秒、
床に汁がこぼれただけで、
それを、すぐ拭かないと言って、
怒鳴られるのか、責められるのか、
訳が分からないし、
一瞬にして、わたしの楽しい気持ちは、消えた。

「なんだか、こんな生活、馬鹿らしいな~」と心底思った瞬間だった。


「わかった。拭けばいいんでしょ」

って、わたしは無表情、無口になって、拭いていた。

元夫は、それに輪をかけて、

「また、ふてくされてる!
俺が正しいこと言ってるのに、なんで、またふてくされるんだ」

「俺は、お前の機嫌を取り続けなければいけないのか」

と、さらに、興奮して、エスカレートしていった。

実は、そのソーセージは、
私が、沖縄旅行に行った際、
元夫を喜ばせようと、空港で買ってきたお土産だった。

それをしばらく、大事にとっておいて、
今日は、一緒に食べようと、出してきたのだった。

しかし、
そんなことは、夫はぜんぜん関係なくて、
ただ、自分の言った通りにやらないこと、
じぶんの注意に対して、私が不服そうだということが、
怒りの対象だった。

今思うと、いつだって、
わたしが上機嫌そうだったり、楽しそうにしていると、
それに、冷水を浴びせかけるように、
彼は、不機嫌な態度したり、嫌な言葉をいったり、
ネガティブな態度をした。

・・・エネルギーバンパイアの特徴だと思う。

彼にも、人の心があるだろうに、
どうして、あんな態度が、出来るんだろう?
そう思う事ばかりだった。

今でも理解できない。

「人格障害」というのが、一番納得できる結論だった。

家族でも、友達でも、身近な人でも、
嬉しい時、楽しい時、喜んでいるときに、
それに対して、
否定的な態度やリアクションで、
冷水を浴びせる人って、
たいてい、エネルギーバンパイアだと思う。

人が、楽しそうにしているのが、気にくわないんだろう。

大事なのは、
それに対して、わたしが、

「いい加減、こんな関係おかしいし、
もう、いいや。
やってらんないな~」


と、気づけたことだ。

その瞬間、
わたしは、一歩、変われたんだと思う。

私の場合、
ソーセージの汁が垂れて、イザコザがあって・・・というだけではなく、
また別の時、別の場面でも、
彼に怒鳴られたり、八つ当たりされたり・・・が幾度も積み重なって、
ついに
「もう、いいや、こんな関係」
に達した。

おもうのだけど、

無邪気に楽しいこと、落ち着く、安心する、
リラックスできる、
喜びがある、
愛や、友情、信頼を感じるような体験や、時間が、
ちゃんとあると、

逆に、
その真反対の状況や環境に、
居続けるのって、困難だ。


たぶん、その日は、
先輩と楽しいひとときを過ごして、気持ちがとてもクリアだったから、
元夫との時間や空間の、
あまりの低さ、重さに、耐え切れなくなったんだと思う。



神さまやガイドって、
時に、そういう方法でも、
「もう、こっちに、動きなさいよ」
「こっちが、あなたの、道だよ」

って、サインを出してくれる。


その人が、
楽しいこと、うれしいこと、温かいことを感じる場所、
心地よい状況、人間関係のほうが、
やっぱり自然で、
人の心はそっちに流れるように、できている。

苦しいこと、つらいこと、
悲しみ、恨みや怒り、嫉妬、疑い、不安、心配、
そういうネガティブなものばかりが、渦巻いている場所や状況に、
ずっと居続けるのって、不自然だし、アンバランスで、
無理だと思う。




こうやって書いていると、
本当に、無理で、
ありえない環境で、
ずっと生活してたんだな~って思う。

そんな相手も、
何もなかったかのように、普通の人の顔して、
町を歩いているんだから、
世の中、ふしぎだ。

でも、もう別の世界で生きているし、
二度と重なることはない。

あれから、1年が経って、
いま、わたしが、こうして、ここにいること。

じぶんの決断と、行動を、
祝福し、
讃えよう。


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