桃の実を食べた夢。クリスマスのエネルギー。さよなら、2015年。

今朝は、すっきりとした気持ち。

憑き物が落ちたような気分。

静かな、清浄なきもちで目覚めて、
そのまま、それに包まれている。

その理由は、夢を見たこと。

大きくて、古い、木造建物の中に、
大樹がはえていた。

その枝には、桃の実がなっていた。

しかも、その実は、
本物の桃の実ではなく
桃の形をかたどった、おいしい中華まん、なのだ。

中華料理店に行くと、
よく、桃の形をかたどった、黒あん入りの中華まんがある。

あれだった。

私は、それが落ちたのを、いくつもひろって、食べていた。

手に取ると、ふかしたてのように、まだ温かく、
生地がふかふかで、
中の餡も、甘くて、おいしかった。

大きさも、すべて違っていて、
中身の餡も、
黒あんや、白あん、栗のような餡など、
ものによって異なっていたのが、面白かった。

うれしくて、楽しい気分だった。

誰かにおすそわけをあげようと、
建物のなかをうろつくのだけど、
目的の相手がみつからず、残念な気持ち。

時間がたつと、桃が、
温かいのが、冷えて、
固くなってしまうと思って、急いでいたのだ。

最後の一個は、
たまたま、落ち合った、母にあげた夢だった。


夢は、味覚や感触、色、感情がともなっていて、リアルだった。

理屈ではないけれども、
目覚めた後、腑に落ちた。


昨夜、寝る前に、
村上春樹『色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年』
を読んでいたせいかな。

正直に書くと、

冬至まで、
いや、昨日まで、

冬至にいたるまでの、
重苦しい、業想念の噴出と、
粘着質な、しがみつきとで、
内面的にしんどかった。

ディープで、しつこくて、
ねちっこくて、重くて…という形容詞でしか、
とらえられない、何か、だ。

ひたすら、
自分を観察しながら、
じ~っと、沈潜して、それと対峙していた。

エネルギー的なお話で、
「冬至が過ぎたら、すっきりした」と書いている人も多かった。

冬至が今年さいごの、エポックポイントらしかったからね。

私も、冬至に期待していたけど、
少し遅れて、昨日まですっきり、と、なかなか行かなかった。

それが、今朝、やっと、
私も、切り替わった感を覚える。

クリスマス・イブだからかな~。

クリスマスってのも、
私には、やはり魂的に、縁の深いものがあると感じる。

キリスト的なもの。

日本的なクリスマス、
楽しいイベント的な、
シャンシャン、キャッキャした空気感もいいのだけど、

今日、ひさしぶりに、ユーチューブで、
外国の教会のクリスマスミサ、コーラスなどを聞いていたら、
すごく落ち着く。しっくりくるのを感じている。

祈り。

祝福、感謝といった波動。

今日明日は、
天の聖なるものが、
わたしたちの近くに降りてきて、そばにいる感じ。

繋がりやすいのかも。

今日は、天使を思ってもいい日。

いつも一緒にいてくれるんだけど、
今日明日は、ちょっと意識して、
天使を身近に感じたり、
思ったり、話しかけたりしてもいいんじゃないかな。




アメリカのユタ大学のコーラス部?の歌が、とても気に入った。



この曲、好き。
かすかな、そよ風、木漏れ日のゆらめきを、おもわせる。



ここから書くのは、個人的な感覚で、
なんら、根拠や論拠はないので、
興味をもった方だけ、なにかの参考にしてください。

2015年をほぼ終えて、
2016年に突入するにあたって、

この時期、
年内のこと、2015年までのことを、
手放す、切り離しながら、
前方へ進む、
次のステージに上がりつづける、工程ってのが、訪れている。

12月、
これまでの過去エネルギー、
過去の人間関係、記憶、しがらみなどなど、
けっこう、しがみつき、すごいかった。

いやいや、マジで、すごかった。

カウンターパンチ。

で、気づかされたことは、

相手(その人たち)は、
私が、これまでと同じだと思っているから、
同じ感覚で、ダラダラと、繋がってこようとする。

あちらは、なーんも、変わっていないんだよね。

エネルギーをもらえると思ってる。
まだ、相手してもらえると、思ってる。

こちらが、変わったのに、気づいていない。

まったく、ズレちゃってる。

それに、気づいてるのは、私だけ。

相手(その人たち)は、全然気づいてない。

だから、以前までと同じ感覚で、しがみつこうとする。

その動きが、
わたしの中に、うっすら残る、迷いや罪悪感を刺激する。

しかし、ダラダラ繋がるのを、許せば、
私も、彼らと同じステージに居続けることになる。

それを、やられて、

「は?!( ゚Д゚)」

と、怒りが、こみあげた。

絶対、NOだと思った。

最初、ぐちゃっと、感情的にひきずられそうになったけど、

バッと、切り替わった。


心身ともに低空飛行の時、
ついつい、守りがゆるくなって、
そういうのが、つけ入る、隙間ができるのだ。

境界侵犯が、おこる。

「だめだ、これでは!」と、目覚めた。

自分の内なる強さ、本能を、奮い立たせた。

丹田に力を入れて、
誇り高く、毅然とした自分を意識したとき、
迷いやドロドロが、表面からつるりと、すべり落ちた。

自分がどこを目指しているのか、
すでに、どこにリーチしているのか、明確になった。

一方で、
昨夜は、眠る前、
過去のすべて、
過去の人々に
許しと愛、その人の幸せを祈る思いを、送った。

送ってくださいって、
宇宙にお願いして、眠った。


そして、
「そうだよ」ってメッセージが、
今朝のあの夢で、
今朝の気分と気づきだったと感じた。


迷わず、このまま、
この、光が差している方向へ、
わたしもまた、進んでいこう。

同じように、
いま、新たなステージにあがろうと、
ステップの途中の、同志たちへ。
エールを送る。












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