影の現象学。ダークヒーローという存在~清原氏の話~

yinyan

先日、河合隼雄さんの『影の現象学』を読みました。

ユング心理学でも、
とくに、「影(シャドウ)」について書かれた本で、
とても奥が深かったです。


私は、数年前から、気になっていたテーマがあります。

それが、

人間の「闇」、
この世の「闇」みたいなもの。

わたしは、それをじーっと観察し、考察するようになりました。

そんな作業をしながら、
私の中では、
「闇」と「影」って、漫然としていたのです。



今回、河合隼雄さんの本を読み直すことで、
両者の違いが、分かった気がします。

影(シャドウ)は、人間により近いもの

「影」のほうが、
より、人間に近いものなんだな~って気づきが、まず一つ。

たとえば、
有名な児童文学、ル・グインの『ゲド戦記』でも、
影との対決が、
第一作目のテーマになっています。

主人公の少年が、ある禁忌をおかすことで、
少年の影が独立して、逃げていってしまう。
少年は、影を追いかけて、対峙するストーリーですよね。(たしか)。


『影の現象学』でも、
実際の、精神疾患などの症例としてみえてくる、シャドウのことや、
物語の中にみられる、シャドウなど、
いろんな事例をみせて、
人とシャドウとの関係性について、分析しています。

バランスをとるために、
そして、より成長するために、
シャドウとのかかわり、関係性、対話ってものが、人には必要なのですね。

影のない人間というものが、
そもそも、いないわけだし。

影はつねに、本体と一緒に存在していて、
本来は、
切っても切り離せないもの。

影って、もう一人の、その人自身だったりする。

先住民族の伝説の中では、
影が、その人の魂として、扱われている文化もあるのだとか。

「影=魂」っていう。

ここまでくると、
影って、こわいもののようで、
本来、ひとりの人間の中に必要な側面、
その人の一部ってことが、わかってきます。

本人にとって、
その影というものが、
意識の外だから、
きわめて、わかりにくい、恐ろしい、拒絶したいものになるけれども。

でも、一部なんだよね。

光がさすから、
影ができるわけで。

光と影は、一心同体なわけです。


一方で、
私が思ったのは、
「闇」っていうのは、独立しうる存在で、
もっと、普遍的な性質のものなのかもしれないな~ってこと。

「闇」だけの「闇」って、ありうるから。



ダークヒーローという存在

そんな風に読書していたら、
ちょうど、
清原氏の逮捕のニュースが、繰り返し繰り返し報道されていて、
いろんな人が、コメントするたびに、
多種多様な意見、価値観、立場ってものを、考えさせられました。


私が思うに、
清原氏は、ダークヒーロータイプだったのでは?と。

いま、報道されている、色んな言説&文脈をじーっと観察していると、
彼の「悲劇」というものが、
とても立体的になってきて、
わたしは、
ホオポノポノのクリーニングしながら、見たりしています。


最近、ニュースやちまたで、話題になって、
スキャンダルで騒がれる有名人って、
どこか、
今の日本(人)の、シャドウを投影、投げかけられているのでは???と思ったりします。

そのうえで、
清原氏の顛末は、みていて、
「痛々しい」の一言につきるなと思いました。


そもそも、
巨人に入れなかった時点で、彼のダークヒーローの道が始まっている気もします。

色んな人の発言の中で、
桑田真澄が話していた言葉の中に、
とても印象に残った言葉がありました。


こんな言葉でした。


野球というのは、
ピンチになると、
代打やピンチヒッターというのがいて、
交代してくれる。

でも、それは、野球の中での話。

人生において、
代打は、いないんですよね。

誰も、彼の代わりはできない、
代わってあげられないんですよね。

彼は、これまでも逆転満塁ホームランを沢山打ってきた男だから、
きれいな弧を描いて、飛んでいく、
逆転満塁ホームランを、
打ってほしいですよね、彼の人生でね。


私の脳裏には、
観客の熱気でごった返すスタジアムで、
バッターボックスに立つ野球選手のイメージが、浮かびました。

ベンチには、たくさんの仲間たち。

自分のチームのファン、
自分のファンが、みんな声援を、送ってくれている。

わ~~っと沸いている、試合中のスタジアムの熱気と、集中と。

ああ、野球って、
選手がいて、チームがいて、
野球ファンがいて、
そういう、とっても熱いスポーツだったんだよな~って。

正直、あんまり野球は好きじゃなかったのですが(笑)、
初めて、リアルに感じた。

人生も、野球に似てるのかもしれない。

スムーズに圧勝、勝てるときもあれば、
ピンチで、もう巻き返せないような、ひどい点数差の時もあったり。

でも、
みんなの声援、期待、応援があって、
試合にとにかく、のぞむ。

そして、勝っても、負けても、
それでいい、
受け止めてもらうのだ。次の試合のために。


バッターボックスに入るのは、
一人だけだけど、
沢山の人に、支えられているんだよね。


そんな野球をしていたろうに、
どうして、清原氏は、ずれていってしまったんだろう。

みんなの気持ちを裏切った、
裏切らざるを得なかったと思うと、切ない。

彼の人生において、
彼を応援してくれただろう、人たちの声が、聞こえなくなった、
感じられなくなってしまったのだろうか。


ピンチの時、
逆境の時ほど、
その人本来の、人間性や、人間力が試されるもの。

ちょっとブレれば、
いくらでも、転げ落ち、転落できそうな、
瀬戸際な時期ってのも、長い人生では、ある。

その、つらい気持ち、弱い気持ち、暗さに逃げる気持ち、
闇のほうを覗く気持ちが、
わからないでもないから、
清原氏をみていると、
「痛々しい」と感じるのでしょう。


「番長、番長」と呼ばれ、
ちょい悪的なキャラクターが、人気だった、清原氏。

でも、人々は、
あくまで、「ちょい悪的なキャラクター」を好むだけで、
本当の、「ダーク」は求めていないんだよね。

それは、境界線を越えちゃっているのです。

そこらへんも、本人が、わかってなかったんじゃないかな~。



関連記事

コメントの投稿

Secret

google広告

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

プロフィール

Mari

Author:Mari
さすらいの文学少女・・・またの名を、夢見るファイター?。

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

リンク

フリーエリア

CREDIT

top