肉親たちとは異なる、私の個性。自分を生きるということ。

木曜ごろから、鼻水が出て、風邪っぽかったのが、
いよいよ、
本格的にグレイゾーンに入り込んで、
今日はさすがに、近所の内科に行ってきました。

再就職活動、および、
仕事つくり活動なども、
頭のはしに常にあるから、
なんとなく落ち着かず、

そして、最近、家の中では、
父の動きや父の性格、気質といったものが、
いよいよ、私とは合わないと自覚されてきて、
妙にイライラしてしまい、

なんだか、ストレスたまりつつ、体力も落ちていた模様です。

体調が悪いから、
自分と違和感感じるもの、合わないものに対して、イライラするのか。

自分と違和感を感じるもの、
合わないものにイライラするから、
ストレスで体調も下り坂になったり、具合が悪くなるのか。

どっちが、先で、
どっちが、あとだか、わからないな~と感じる。


正直、
私は、小学生高学年、つまり、思春期くらいの頃からずっと、
父親とは、「合わない」。

価値観、物事の好悪、道徳心の部分で、
私の感覚と、大いに、ズレることがおおい。

ゲッターズ飯田の人間の「五欲」分析でいえば、
おたがいが、
真反対の人間だろう。

10代の頃は、
そういう「合わない」という感情がよくわからず、
自分が単に反抗期だったり、親に反発しているだけかと思った。
だから、自分の問題、だと。

「子は、親を敬うのが当たり前」

そんな母親からの刷り込み、祖母からの刷り込みのせいで、
父親を尊敬できないことに、
一人、へんな罪悪感を感じていたが、
それも、今思えば、あくまで「他人からの刷り込み」の罪悪感かなと、最近思い始めた。

大人になってから、一時収束していた違和感が、
父が退職し、家にずっといる生活が始まり、
接する時間が増えてから、
また、「合わないな」と感じる場面が増えた。

接触する時間が増えると、余計に、相手のことが見えてくるから、
よくないんだろうね。

すこし距離があって、リアルな面が見えなければ、
父親のことも尊敬していられるのだけど。

どんなふうに合わないのか。

たとえば、こんなエピソード。

apple


娘が通っている保育所の近所に、お店が並んでいる場所がある。

そこは、いつも、お店がすぐできては、潰れるテナントで、
最近では中華料理屋ができたと思っていたら、
また、改装工事みたいになっていたから、たぶん、つぶれたんだろう。

たまたま、娘を送った帰りに、その店の前を車で通ったときの、会話。

(私)「あそこの店はいつも潰れるね」

(父)「商売は難しいんだよ。客が入らないと、売り上げも出ないし。
店はすぐつぶれる。
会社員のほうが、まだましだ。雇われているほうが、楽だ」

(私)「そんなこと言ったって、今の時代、いつリストラされるかわからないし、
会社だって倒産するかわからないじゃん。会社員だって、安泰とは限らないでしょ」

(父)「まあ、そうだけれど。
すると、結局、公務員が一番だな。
公務員はなんってかって、つぶれるってことは、まずないから。仕事にあぶれることもない」

(私)「公務員だって、公務員の数を減らすだのなんだの言ったりするじゃん」

(父)「公務員は労働組合だのなんだの強いから、辞めさせるったって、別の部署やところへ回すから、
まあ、辞めさせられることはないな。
まあ、強いよ」

(私)「・・・・・・・」


閉口した私の姿を、たぶん、わたしの知り合いなら想像できるんじゃないだろうか。

ちなみに、うちの父親は、元公務員で、
35年近くずーっと同じ職で、定年退職した、団塊の世代。

この会話してて、気づいたのは、
まるきり、価値観とか生き様とか、
自分の人生において、軸になること、追求したいことが、
父と私では、違うってこと。


父にとっては、
「くいっぱぐれないこと」
「仕事にあぶれないこと」
「損をしないこと」
が、基本的な軸だと思われる。


この、生存本能そのものみたいな、
超ゴリゴリの現実主義、合理主義で、
いつも押されてきたから、
私は、いつも、へしゃげそうになってきたんだろうな。

なにしろ、私は、まったくこれを↑気にしないタイプ。
私の価値に、まったく食い込んでこない。
むしろ、欠如しているのでは?!というほどだ。

一方で、理想、理念、夢、美学といったものを、まず、父親から感じたことはない。

うちの父が、ただ、「くいっぱぐれないから」、公務員を長年続けてきたことは、確かだろう。
公僕だとか、公共の福祉のため!とか、市民のため!とか、まず聞いたことがない。

そういう公務員の親をもったわたしは、
すこし、恥ずかしくあり、
結局、そのお金で育てられ、今でも助けられている事実に、どこか居心地の悪さも感じている。

そんな価値観が受け入れられないまま、
結局、私もわたしで、自分のやりたいことは、やってきたけれども。

どうして、この親から、
私みたいな人間が生まれたのか、ふしぎだ。

DNAの遺伝の歴史のなかで、ときどき、
その血統のなかで、劣勢の因子だったものが、
突如あらわれて、歴史の流れを少し変えてしまうかのように、
わたしは、
この流れの中で、別の流れから来ているんじゃないかと、よく思ったりする。


同じことだけ再生産するのでは、
遺伝子の能力、資質が上がらないので、
時折、刺激みたいに、異質のものも生まれてくるのかな。


というのも、
うちの父親ほどではないにしろ、
うちの母も、けっこう、ゴリゴリの安定派路線の価値観の持ち主だからだ。

うちの母方の祖母は、
大正生まれにしては、当時有名な看護学校を出て、戦後は子育てが落ち着いたら、
看護学校の教員をやり、さいごは学科主任をやって腕を振るった、バリバリのキャリアウーマン。
医者の知り合いも多くて、顔がきくのが、ご自慢だった。

母方の祖父は、
長年、警視庁で勤めていて、人柄がよくて、まじめだったせいか、
上の人に引き立てられたのもあり、皇居にも二回呼ばれて、小さい勲章なんかももらっている。


うちの母は、そんな両親を、「尊敬している」。
自分は、公務員の夫に嫁いで、
専業主婦で、ずーっと来ている人。

そういうバカ堅い血統に生まれていると、
堅い職業、堅い生き方、堅実な人生が一番と、
母親は言葉にしないまでも、
口ぶりのはしばしから、にじみ出ていて、
ずっとその調子で、私も育てられてきている。



今でも思い出すのは、
親戚の集まる場所でのできごと。

drow

子どものころ、「何になりたいの?」と、よく聞かれた。

わたしは、絵が大好きだったから、

「絵描きさんに、なりたい!」と、すぐ答えた。

「絵描きさんなんて、食べていかれないよ」

即、言われた。

祖母やみんなが、失笑、苦笑いしていた。

まだ私は、5歳くらいだったと思う。

私の発言、考えが、馬鹿にされたこと。
受け入れられていないこと。
大人から、もっと別の答えを期待されていたことは、子どもながら、感じていた。

子どもながらに、傷ついた。
恥ずかしくて、かなしかった。

そして、それからは、「絵描きさん、って言わないほうがいいんだ」と思った。

今の自分がその場にいたら、
その時の大人たちの態度は、
きわめて、おとなげのない、ばかばかしい、
愚凡な人たちの態度だと批判して、けちらすだろう。

私だったら、子どもに対して、そんな態度はしない。


ふりかえってみるに、
もとから、私は公務員になりたいと思ったためしはないし、
好きなこと、楽しいこと、
もっと夢のあることのほうを、いつだって、見ていた。

父親が公務員にもかかわらず、
公務員が素晴らしいと思ったことなんて、一度もなかった。
(・・・そう気づいて、いま、驚いたほどだ。)

今でも「?」だ。

そういう原体験があって、
私の生き方、夢はいつだって、「?」だった気がする。

何か本当にしたいことを言うと、
「否定される」「いなされる」ことの繰り返しという予想がついた。

応援されている感覚が、薄かった。

ある程度、成長してきてからは、
私も、自分なりに、自分の能力を証明しようと、
しゃにむにがんばっていたんだろうな。

大学院に進学して、研究者になろうとしていたころは。

でも、結果、体を壊して、
「そのとおり(親たちみたいに)生きられない私」
みたいなものに、
長年、劣等感を感じていたのかもしれない。

poppy


でも、今なら、すこし距離をもって、観察することができる。

わたしがうっすら思っていたことは、確かだったんだ。

わたしのタイプと、
うちの父、うちの母のタイプ、その周辺の人たちとの属性が、
異なるってこと。

ゲッターズ飯田の「五欲」分析でいえば、

金欲・財欲が一番だったり、
食欲・性欲が一番の人と、

創作欲が一番の人は、タイプが、真逆だから、
価値観も、思考する論理も、
ぜんぜん違う。

「親が理解してくれない」「自分と違う」
と感じても、
タイプがそもそも違うから、しかたない。
もう、放っておこう。
・・・・で、よいのだ。

もう、親の期待や、周囲の期待、
他人の価値観で生きなくてもいい。

自分をほんとうに生かしたいなら、
「これをやってても、もう、だめだな~」って本当に思った。

相手を変えようとしても、しかたないし、
自分も、相手に合わせて、別の人間になるのも不可能。

自分の才能、自分の夢、自分のやる気、は、
誰が守ってくれるのではなく、
自分が守るものなのかもしれない。

自分の感性も、
自分でも守る。自分で育てる。

自分を信じるということ。



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