今年初のさくらをみた。春まであと少し。

今日はたまたま、
母が友達と会うために外出する日で、

娘と二人で一日過ごす日となりました。

午前中、
ひさしぶりに、娘をベビーカーに乗せて、
ちょっと遠めの公園に行ってみることにしました。

地元の人が、山の斜面の広い土地を寄付してできた、
その公園は、
ちょっとした森のように、木が茂っています。

階段を下りていくと、
目の前に桃色が広がり始め、驚きました。


ちょうど、階段を上ってきたおじさんとお話ししたら、
早咲きの桜、とのこと。


sakura2

sakura

sakura3

さくら色に包まれると、
どうしてこんなに、ふかく、しぜんに、心が清められるんでしょう。

ちょっと、他の樹木、草木の花では、味わえない、
包容力と繊細さ、美しさ、
特別なたたずまいがあります。

花は、季節ごとの美しさがあり、
小さな野の花や、とても高価な豪華な花や、
どの花とっても、
ひとつひとつ、比べられない、代えられない美しさ。

そんな、世界中に、
百花のあるなかでも、
桜は、
やはり特別なんじゃないか。

こう感じるのも、日本に生まれ育ったせいでしょうか。

さくらって、
宇宙的な、
無償の、無条件の愛っぽい花だと、私は勝手に思ってます。

以前来たときは、
山の斜面にうっそうと木が茂って、
薄暗く、じめじめして、暗い感じの公園だったのが、

今日は一面、さくら色。

まるで、小春日和の楽園のような、
とっても平和な空気。

おじさんがいうには、
竹林だったのを、ちゃんと手入れして、
桜がきれいに咲くように、藪や竹を切ったり、
人の手を加えているそうだとか。

おじさんが、公園の手入れを全部やっているみたいで、
ちょうど桜の盛りの時期に、
おじさんとお話しできて、良かったな~と思った。

だって、日ごろ、黙々と手入れしている人がいるからこそ、
美しい花が咲いたわけで。

おじさんに、花の美しさを伝えられて、良かった。

あまりに桜がきれいなので、
子どもを自由に遊具で遊ばせながら、
ベンチに座っていても、
だんだん、ぼ~っとしてきて、
完全、ひなたぼっこしている気分だった。

あ~、人間は、
たま~に、なんも考えず、
公園のベンチに座って、お日様に当たるべきだわ~。

ぺちゃんこに、くたびれた布団や座布団を、
お日様に干すと、
ふっかふかになるみたいに、

人間も、ぺちゃんこにくたびれていても、
お日様にあたると、
ふっかふかになるよ。
内に入り込んだ、小さな虫も、全部、どっか逃げて行っちゃう。


帰り道に、
また同じところを通ったら、
さわさわさわさわっと音がして、
ちょうど、おじさんが、
斜面のところで、大きな大きな竹の木を、今伐採して、おろすところだった。

5メートル以上あるだろう、立派な竹だった。

竹はとっても強いから、
どんどん伸びて、
桜の木より高くなってしまうから、
竹の影になって、日が当たりにくくなると、桜が育ちにくくなるとのこと。

その一帯は、もともと斜面がきつくて崖みたいな場所だから、
竹をたくさん植えて、地盤を固めるためにも、竹林みたいになっていたみたい。

おじさんが笑いながら、斜面から降りてきて、
話してくれた。

よくみたら、本当に、
青々として、幹も太くて、立派な竹。

そして、おじさんは、娘に、
竹の先っぽを切って、
小さな笹竹みたいにして、プレゼントしてくれた。


「竹も竹で、風流なんですけどね~」

鎌倉の護国寺に、
たしか、とてもきれいな竹林があって、
竹林の中に入ると、さわさわさわ~っとまるで別空間だったのを思い出した。

おじさんにさよならをいって、
階段をまた昇り、
止めておいたベビーカーに、
小さな竹をつんで、帰ってきた。

おじさん、
竹取の翁みたいだったな~と思いながら、帰ってきた。

大きな樹木、咲き乱れる花、
自然の残る山、森、
海とか、
そういう場所、存在の癒し方って、
人間のするヒーリングではなかなか届かない、
とても深いところから、
繊細でありながらダイナミックな働きかけで、
絶妙に調整してくれる気がする。



「そっか~、最近の私に足りなかったもののの一つが、
これだったかも」って思った。


数年前までは、
よく、森や自然公園、
大きな木のある場所に行って、
ぼーっとしたり、
メディテーションしたりしていた。

私にとっては、そんな過ごし方が、深くリラックスできる方法のひとつだった。

「自然」というのも、
わたしにとって、大切な要素の一つだなとあらためて、
感じた今日でした。

おじさんと話したせいか、
帰り道、すれ違う老人や女性、ベビーカーの人などとも、
こちらも子どもを連れているせいか、
自然にほほえみを交わしたり、会釈、挨拶をかわしたりして、
ふしぎだった。

ハワイ島を旅した時や、
どこか旅した時は、割合に、こういう距離感で、人と接することも多かった気がする。

通りすがりの人とも、ほほえみを交わしたり、ちょっとお話したり。

わたしにとって、オープンなエネルギーの状態って、こんな風だと感じている。

「自分らしさ」を、忘れたくないね~。

いつでも、どこでも、こういうエネルギーで、ふわふわと生きていきたいな~。

春まであと少しの、
土曜日の昼下がり。








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