光と風と水と。

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我がたましい――自分の魂と出会うために生まれてきた。

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ByMari



あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもない落とし物を
僕はしてきてしまったらしい

透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった

「かなしみ」谷川俊太郎(『二十億光年の孤独』)。


今日は、
時間がたてばたつほど、
大事な、大切な日だったなと、感じる日でした。

帰宅してから、
その感触を静かに眺めていたら、
谷川俊太郎の詩の一節をふっと思い出しました。

それが、この詩「かなしみ」です。

いまの私に100%ぴったりな言葉というわけではない、けれども、
最初の三行は、そのとおり・・・と思わせるものがあります。



ふしぎなもので、
今日は、長いことずーっと忘れていた、
私にとって、
本当に大切なものを、思い出す・・・そんな日でした。


何か足りない。

何かが違う。

今やっていることは、楽しいし、エキサイティングだし、
醍醐味もあるし、
みんなも自分のうれしいし、
これでいいとは感じてた。

それほど、がんばらなくても、うまくできるし、これも私の魂の目的の一つだろうと。

でも、ど真ん中ではない。

なにか、ズレてる。

なにか、もっと別のもの。

そんな感覚がずっとあった。

と同時に、
日々の生活の中で、
生きていかなければならない、
ご飯も服も住むところも必要なわけで、
それでいて、寂しい心があれば、
誰かいないかと周りを探して、くっついたり離れたり。

現実的なことばかりに、ぐるぐるとくるまれて、
ずーっとここ数年、いや、五年、十年、生きてきてしまったんだな。


そんなことをしている間に、
わたしの魂は、
知らぬ間に、
私の中から滑り落ちて、
勝手に自分の足で、どこかに一人で出かけてしまっていたのだった。


魂、魂って、よく、簡単にいう。

スピリチュアルをやっていると、読むし、聞くし、自分も使う言葉。

でも、たましいって、
自分では触れないし、見られないし、どんな形かもわからない。

ぼんやりの自分の中央、
ハートの、胸のあたりにあると思っていた。

だけど、いつのまにか、
わたしの魂は、
その残影を残していただけで、
たましいの実体は、どこかに置き去りにされていたのだ、と、
今日、やっと気づいた。

魂が抜けかけていたから、
なにをやっても、
どこか、満たされない、
どこか、違うとしか、思えなかったのかもしれない。


今日は、

「たましいが、むこうから、やってきた。」

そんな感覚。

鴨が葱しょってやってきた・・・ではないけれども(笑)、

私の魂が、むこうから、やってきた、
戻ってきた、という感じがした。

そうやって戻るとね、
ああ、これだ、
これだったんだ、
そうだった、という
ものすごく手ごたえ、実感があるから、
それが、自分にとって「魂」だと、ちゃんとわかるものなんだな。

最近、河合隼雄さんの『影の現象学』で、
シャドウ(影)について知ったけれども、
魂って、
シャドウにも似ているかもしれない。

影がない人間がいないように、
魂のない人間は、いないんだよね。

魂って、ハイヤーセルフに近い、自分の本質なんだなとおもう。

自分が求めてやまないもの、
生命力みたいなもの。


おいおい、書くつもりだけど、

私にとって、魂は、
文学。芸術。美。

「感動するもの・こと」と、言い換えてもいい。

美しいもの、純粋なもの、透明なもの、清浄、無垢なもの。

それらが結晶化されたもの。

それらに触れ、感動し、
自分も表現すること。

言葉、絵、色、形、音、香り、味、感触。


わたしは、それまで、
ことばの力をずっと、信じて、生きてきていた。

だって、言葉の喚起する世界、イメージ、力の、
絶妙で、繊細で、優しく、時に激しく、ダイナミックな、
エネルギーが大好きだから。

作家、詩人、表現者たちが発する言葉の、
微妙な個性の違いが、まるで電気みたいに走る感覚。

今でも、わかるし、
今でも、ぜんぜんすり減っていない。
その感性、触覚だけは、
ずっと残り続けている。

でも、いつからか、
ことば、文学、表現することから、
どんどん離れてしまったのは、
この十年で、この世の色んな場面に倦み、疲れて、
自分も自信を失い、忘れてしまっていたのだと思う。


よく、スピリチュアルでは、
ソウルメイト、ツインソウルを探している、探す・・・という人がいる。

私も、スピを知った初期のころ、そんなことを思ったりしたけど、
途中から、フィットしないのを感じ始めたから、
ソウルメイトを探したり、求めたり、する必要を感じなくなった。

だって、この世で出会う同士って、
みんなある意味、ソウルメイトみたいな、必然なわけで。

今日思うのは、
だれか他人と出会う必要があるのではなく、
ひとは、自分自身と出会う必要がある、ということ。

ソウルメイト、ツインソウルを探すより、
本当の自分自身、
自分の魂と出会うことが、
この世に生まれてきた目的。

自分自身が何よりもの、
ソウル、
ソウルメイトなんだから。

そういう感動が、
胸の底からあふれてきて、
sacret garden"Sigma"や、
Enya "Fallen embers"などを聴いていた。



今日出会った、
すてきな表現者のみなさん、
仲間たちに、
感謝。

素晴らしい才能に、感動。

スイッチを入れてくれた。

いやあ~、深かった。
深くて、原子爆弾並みに強力だった。
愛の原子爆弾。

沢山の悟りの本を読んでも、
偉い人の話を聞いても、
腑に落ちない時は、まったく、入ってこない。

案外、腑に落ちてわかるときって、
他力でいて、自然なものなのかもしれない。

戻ってきてくれて、ありがとう。

私の魂。


そして、この気持ちを書き上げた今は、
この曲の気分、ムード。

人生ってふしぎだな~。
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