光と風と水と。

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in 日常

新月&日食と、その後。感性、これ、ひとえ。

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日々が、エキサイティングすぎて、
波動酔いかとおもわれるくらいい、
昨日と、今日と、明日の状態がちがいすぎて、
驚き( ゚Д゚)。


新月&日蝕の、衝撃波?

大きな扉がまた開いて、色んな物事の進度が一気に変化したのが、
リアルに検証されてます(当社比・(笑))。

昨日は、数年ぶりに会う人たちと、
秋葉原で、
飲み会でした。

主に、大学のころの知り合いの人と、
大学の恩師という、ゼミの仲間だったわけですが。

恩師は、ななんと、著作で最近、大きな賞をいただいて、新聞にまで載ったというお話。

飲み会の幹事だった人は、
念願だった、研究職での専任の職場がついに決まり、来月から赴任するとのこと。

私もそんな中で、ここ数年の出来事と、急に就職決まったというご報告をしたのですが。

みなさんのお話を聞きながら、観察していると、

今までは、うお座の時代で、ずっと主流にならずに(なれずに)、
あくまで別の流れに位置して、
人知れず、咲いていた小さな花みたいな、
隠れてきた良い人・ものが、

いよいよ、その人の費やした努力やエネルギー、純粋さと同じだけの
結果を、
受け取るような流れになってきている、と、感じました。



私としては、すでに「過去」になりかかっていた、
その人たちとの再会は、
懐かしくもあり、
過去の解放、癒しともなりました。

恩師に、ずっと傷ついていた思いを、
正直に伝えたことで、
私の中にくすぶっていた、いじけ、ねじけ、スネが、
解放されました。

先日の、山川亜希子さんのお話で、
感情の解放が大切とお聞きして、
相手(伝えても大丈夫な相手なら)に直接伝えたり、
相手に伝えられなかったら、紙に全部書き出して、燃やしたり、破いて捨てたりする方法を、
おすすめされていたのです。

この波動が高くなっている時代、
どんどん、結果も出てくるし、高くなれると。

これからは、
そういう、ハートの「詰まり」「滞り」を手放す、解放することで、
よりっそう、軽く、流れていける、みたいなお話でした。

で、私もついに、勇気を出して、師匠にいろいろ話してみました。
だって、次、いつ会うか、わからないんだもん。

そしたら、
ぜんぜん、相手は、云ったこと自体も忘れていて、

「それはそれは、悪かったな~。そうやって僕は、よく、ポカしているんだよな~」

なーんて、云っていて。

私たちの長年のすれ違いが、
一気に解消、許された感覚がありました。

少なからず、
私の中ではもう、
大学院時代の、つらい、かなしい思いは、すべて、
手放せる気持ちになり、
許し、許されました。

もう、終わりました。

ほんと、ふしぎに、スコーンって、終わった感。

そして、私が当時厳しくしていた???(苦笑)後輩くんにも、何回も謝れたことも、良かった。

どうして、私がその後輩に厳しかったのかって、
たぶん、
私もゼミで、当時はそんな風な気分を、先生から味わっていたからなんですよね。

ようは、いわゆる、いじめの連鎖みたいなもの。
(私の場合、本当にいじめがあったわけではなく、心の交流のレベルで)。

謝る、謝られる、許す、許されるって、
究極、
自分自身を許す、許される、解放される、癒されることなんだなって、実感しました。

じぶんが許したってことも、大きいのかもしれない。

akihabara

一方で、
一般?の人の、エネルギーのざらつき、雑さ、ってのは、
すんごい感じましたよ( ゚Д゚)。

最近は、
繊細でクリエイティブで、ピュアな女子としか会っていなかったら、
もう、豆腐に譬えたら、
「絹」と、「大豆」くらいの違いが・・・。

秋葉原&夜の会合、90%男子、
大衆チェーン居酒屋ってのも、大きかったろう。

もう、粗い、荒い( ゚Д゚)。

元に戻すのが、大変だったよ。
わたしのなかを「平常時」に戻すのが。

昨夜の帰宅後と、
今日一日中かかっちゃったよ。

エネルギーがとっちらかっちゃって、
いろんなものが入ってきちゃったから、
わんさわんさ。

観察してみると、
たぶん、会った人たちのエネルギー、場のエネルギーの影響と思う。

私って、そういうこと、多々あるから。

もしかして、半分以上は、
ホオポノポノのクリーニングのために、集まっていた、
っていうのもあるかもしれない、

実際、飲み会に行く前、行ったあと、帰り道も、
クリーニングはできるかぎり、やったし、
今日も思い出せば、やっている。

だんだん、こういうの、わかってくると、
会う人も選んだほうがいいのか、とか、どうなんだろうって、
ちょっと恐怖感もうっすら(;^ω^)。

でも、私の人生がすでに、
山ごもり人生(寺や教会の修行人生)ではないってことは、
たぶん、人の中(社会、俗世)に、どんどん入っていけっていう使命だし、

感情移入をしないで、
客観性と境界線さえ保てれば、
大丈夫って、こういうことなんだろうね。

丹力、丹力!!!

クリーニング、クリーニング!!!

必要ならば、
ちょっと粗くて、自分とは立つ位置が、異なっていても、
おたがい、会うように、できているんだな、とも、感じた。




いまは、かなり、
その場にいたメンバーさんたちと、
私の関心事も、立っているところも、ズレているのですが、

やはり、「文学」という、芸術&感性&人間学の話になると、
途端に、話が通じて、わかってくるから面白い。


文学の話をしていると、
すーっと、深いところに入っていく。

実践の生活の中で、人生の中で、
現実と観念と、リアル探求している師匠の、丹力に触れると、
やっぱり、尊敬をあらたにしました。

文学の感性の部分では、やっぱり、先生は、ぴか一でした。
ぜんぜん、なまってない。
もう齢七十後半なのに!!!!!

私の師匠は、
ほんとに、「本物」志向だったんだな~と。

そして、なぜ、私が「文学」だったのかが、すんごい、今になって、腑に落ちた。


退職されて、いまや大学の先生ではないけれども、
精力的に著書も刊行されて、
その本が、ただ時流にのっているものではなく、
歴史のすごい長いスパンの中で、
意義のある、意味のある、ふか~いものだということが、すごい。

ひとのこころ、
精神の、純粋結晶。
しかも、文化、歴史、芸術に根差した・・・。

世間に評価される、騒がれるとか、
強いものに巻かれる的なものではなく、
「これが、良い!」
「素晴らしい!」
って思ったものを、
一途に、たんたんと、追及しているからこそ、の、花。

それが、この先生だな、って感じた。

自分に嘘をつかない。

自分の流儀に反することはしない。

純粋に、じぶんは、好きか、嫌いか、
良い・だめか。
それに、ただただ、正直。

ある意味、職人。筋
筋がね入りの、職人。


感性を、絶対、捨てない。あきらめない。

そんな気持ちを、あらためて、確認しました。

感性、これ、ひとえ。


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