客観性と自分軸。『ダライ・ラマに恋をして』。

ホオポノポノの効果なのか。
レーネンさん&ケビンさんのライブのおかげか、明日香先生の個人セッションのおかげか。

今朝、はたと気づいた
ニュースや新聞を見てても、いろんな情報で感情的な過剰反応をしなくなった

平気になった。理屈じゃなく。

いろいろ思い、感じはする。大変だな~。困ったね~。つらいだろうね~とか。

けれども、
じっと直視して、そのまま受け止めて、ああそうなんだ~、そうなんだね~と思うだけにとどまる。

以前みたいに、極端に「見ないようにしなくちゃ!」としなくても、大丈夫になった。

客観性が訪れた。

「みんなで共有する経験」みたいなもの。
そこから目を反らし、警戒することで「自分」を守らなくても、
経験を直視して、
自分の意見を持ち、正直に話し、
人の意見もそのまま聴いて、それで「ハイおしまい」でいいのだろう。良い悪いの議論はしない

これからの私には、「知る」ことも必要になっていく気がしている。
ニュースや新聞、マスコミの情報に対しても「とりあえず知る」という姿勢を持つことにした。
日本の事情だけではなく、国際的な出来事や事情もふくめ、トータルで。

もともとマスコミの情報に対しては疑う気持ちや、距離を置く姿勢が強いから、
ちょっとは流されずに、批評的に見ることもできるだろう。

「流される、流されない」も、これからの時代は、個人の自由。
一人一人の価値観や判断、生き方にともなって、十人十色が実際的に現実化していくのでしょう。
これからは、ますます、情報の受け取り手の判断一つにかかってくる。
「自分軸を持つ」って、そういうことでもあるだろうな~


先日、ダライ・ラマのお姿を拝見することができた喜びもあって、
たかのてるこさんの『ダライ・ラマに恋をして』(幻冬舎文庫)の続きを読んでみた

一年半前に読みかけた途中で、ずっと放ってあった本

日本人OLが一念発起し、ダライ・ラマに会うべくチベットへ旅立ち、
最後、ちゃんとダライ・ラマにインタビューできたって話。すごい!

後半で、ラダックで、カルマというチベット難民二世の青年に出会い、
学校の先生だという彼と一緒に、前世の記憶があるという少女に会いに行く話も、興味深かった。

カルマは、チベット人にはよくある名前なんだそうだ。
「cause & effect(原因と結果=因果)」って意味の名前なんだと~

カルマ君は、いたって普通の英語教師だけど、
敬虔な仏教徒だから、話していることがめっちゃディープかつスピリチュアル。
信心も篤くて、おもしろい。

お坊さんではないのに、
仏の教えが自然に入り込んでいるのが、仏教国チベットのすごさ

日本だったら、考えられない(笑)

たかのてるこさんは、興味はあるものの、いたって普通の典型的な日本人女性のタイプだから、
信心はあまりないから、素朴な感想も多く、それがかえっていいのかも。

どうしてもダライラマに会いたいと主張するてるこさんに対して、
カルマ君がいう一言が、印象的だった。

「会う必要なんて、まったくないじゃない。大事なのは、彼を心から尊敬して、彼の教えを理解することだよ」

「ダライ・ラマはね、自分の真の宗教は、"思いやり"だと説かれているんだ。
一番大事なのは、彼の教えを実践することだよ」


また、こんな言葉 ↓ も、もっともだな~と感心

「恋愛だってなんだって、自分の身に起きたことの原因は自分自身にもあるんだ。
きみがこれまで考えてきたことが、きみを今の環境に導いてきたんだよ。
環境が人を作るんじゃないんだ。
環境は僕たちに、僕たちがどういう人間なのかを教えてくれているだけなんだよ」

「変わっていくことを、どうして悲しむ必要があるんだい?
それは、いいことでも悪いことでもなく、事実なんだ。
自分だって毎日少しずつ変わり続けているように、相手だって変わり続けているだけの話だよ」

「執着ほど、苦痛をもたらすものはこの世にないんだ」

「執着しないってことは、大事にしないってことじゃないんだよ。
執着しないで、ただ、大事にするってことが大切なんだ。
『すべてはimpermanent(永続しない)』。
なんでも変わっていくものだからこそ、そのときどきでちゃんと大事にすればいいってこと」


こうやって引用してみると、二十代の平均的な青年からこんな考えが出てくること自体、すごい

本の内容としては、旅エッセイ、異文化体験エッセイとしても面白いけど、
スピリチュアルな考えが、自然に出てくる。

アジア版、『アウト・オン・リアム』?!…といったら、云い過ぎかな

たった15分のインタビューだったらしいけど、
最後のダライ・ラマのインタビューの言葉もすごく良かった

一部だけご紹介。興味がある方は、手に取ってみてください

(「人生の目的とはなんですか?」の質問に対し、「深い意味は、私にもわかりません」と笑って言った後、
ダライ・ラマが応えたのが、以下の言葉)。

「ただ、明らかなのは、私たちの生きる目的のひとつは『存在する』ということです。
『存在する権利がある』ということ、また『幸福に存在する』ということです。
もし、私たちの存在が惨めなものになるとしたら、それは人生の目的ではありません。
人生が、平和と幸福、満足、平安、尊厳とともにあるということ、これが正しい人生なのではないでしょうか。
私たちは、日々の暮らしが幸せに満ちたものであり、有意義なものであるよう努めるべきです。
これはとても大事なことだと思いますよ」

たかのてるこ『ダライ・ラマに恋をして』より
関連記事

コメントの投稿

Secret

google広告

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

プロフィール

Mari

Author:Mari
さすらいの文学少女・・・またの名を、夢見るファイター?。

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

リンク

フリーエリア

CREDIT

top