感謝は、祈りにちかい。光と影。紅の百合。

水星逆行の影響もあるのだろうか。

とても直近の、身近な人とのコミュニケーションのほうが、
毒だしデックスみたいに、
どぶどろ感情をぶつけられてくるので、
ひさしぶりに、面倒くささを感じている。

仕事のほうは、
また一つ吹っ切れたのか、
今週は、
心の底から、感動する瞬間=インスピレーションが降りてくる瞬間みたいなのがあり、
だんだんと、気持ちは楽に、なってきた。

疲れてるのは、
肉体的な疲労感、
心地よい、疲労感といった感じだろうか。今週は。


今年の年頭に引いた、おみくじのメッセージが、

「感謝することで、運が開ける」というような内容だった。

ここしばらくの流れで、とても納得している。

ほんとう、ここのところ、そう実感している。

感謝といっても、

無理に「感謝しよう、しよう」とするより、

一すじの光でいいから、感謝できる点を、信じるってところからで、いい気がした。


たとえば、

どんなに、一面が、ドドメ色に見える世界でも、

一点は、
きらりと光るような、美しい色合いのところがあり、

その一点を感じている自分を信じて、
その一点に感謝すること。

すると、ドドメ色にみえていた世界が、
異なって見えてくる。

ドドメ色にみえていたのは、
自分の色眼鏡かもしれない。

自分の思い込みが、そういう像を作ってしまっているだけ、という場合が多い。

そして一点をみつめていると、
その美しい箇所が、

だんだんと、二点、三点になってきて、

点と点が結ばれ、

やがて線になり、

線と線が繋がり、
太く、
濃くなっていく。

もしかして、いつか、それが「面」にすらなる日、がくるかもしれない。

まあ、点の現状から、面までの結果を思い描いたら、
期待も混ざってきてしまって、
純粋ではなくなってしまうかもしれないけど(;^ω^)。

とにかく、今、
目の前にみえる、「点」を感謝できるならば、
感謝は、
どんどん広がっていくってのは、ある。





それにしても、感謝エネルギーのすごさたるや。


祈りってことを意識していたけど、

祈りがうまくできない、よくわからないって場合は、

感謝でいいんじゃないかと、思った。

感謝って、祈りに近いエネルギー、心の動きがあるとおもう。

自分の内側が、自然に清められる感覚。

感動がうわっとあふれる。

なんとも言語化できない。


でも、人に説明できなくても、
じぶんがわかっていれば、いいんだよね、って思った。




私は、いま、じぶんは恵まれているな~、
天に応援されているな~、
見守られてるな~って感じるから、


そう感じるあまり、

感謝がぐるっとまわって、

最悪に、自分を「苦しめた」「不幸にしてくれた」「傷つけた」人にすら、

感謝するくらいの気持ちが、今日はふと、出てきた。


というのは、

自分にふさわしいもの、ふさわしくないもの、

本来の私がいるべき場所、すべきこと、すべき働きみたいなものへと、

その経験があったおかげで、

結果、選択するようになったからだ。


全身で、間違えた方向に行ったから、

どん底をみて、徹底的に、もう「ちがう」ってわかったから、

逆に、今が、あるように、思う。


私の性格の、
光が当たっている部分が、光で、
その影になっている部分が、影で、

どちらも、私の個性に過ぎないのだけど、

思いっきり、自分の性格が、
影となって影響を及ぼす関係性、瞬間を味わったから、

今度は、光として生かすこと、
光として、どう使っていくか、生きていくかの部分を、
経験しようとしているのだと、思う。



やさしさには、いろいろあって、

人をダメにする、やさしさというのがある。


わたしは、たぶん、優しすぎて、
これまでの人生で、
相手のもっともダメな部分を引き出して、
相手をダメにしてしまったことが、多々、あったのだとおもう。


いまの職場も、
人が相手なので、
やさしさのさじ加減で、
いかようにも、人が変わっていくのを、切実に感じている。


本当に相手のためを思ったならば、
強く、厳しくすること、
叱ることも、
愛だったりする。

叱ることって、すごくエネルギーがいる。

「愛の反対は、無関心」と、
マザー・テレサがいったのは、すごい洞察力だ。


相手に関心がないと、
相手のことを、常に見守り、視線をそそいでいないと、
叱るってことも、
できない。

無関心では、
相手を叱るってことは、絶対ない。

無関心なら、放っておけばいいのだ。

好き勝手させて、
そいつが未熟なままで、とどまるのを、放置しておけばよい。
気づく機会、
成長する機会を、与えなければよい。

関心があるから、
相手を思っているから、叱るのだ。

わたしは、まだ、
ぶらぶらと、漂っているところもあるけれども、
(つまり、どこか、完全に締まりきれていない、ゆるみがある)
すくなからず、
厳しい愛の必要性も、だんだんと学んでいる気がする。

そんな自分の内側を、すごく内省している。

いろんな人間関係を、見て、学びながら。

ああ、でも、
変われるって、いいことだ。

叱られて、反省して、
素直に、変われるって、いいことだ。


変われる人、変われない人。

変わらないこと、変われないこと。

そんなことを、思った。




花屋さんに立ち寄り、
わっとたくさんのカラフルな花に圧倒され、
甘い花の香りの中で、佇んだ。

どの花にしようか、迷っていたが、
ふと、
紅色の百合の花に、心惹かれた。

その花に、ある人のことが、思い起こされた。

優しさ、情熱、温かさ、人間味。
人としての品性、知性。
懐の大きさ。

・・・やっぱり、特に情熱かな。

この人は、
私が全力で体当たりしても、
受け止めてくれるのではないか。

体当たりを、なんとなく、試したくなってしまう、
そんな気配がある。

心惹かれているのを感じる。

でも、いまは、
まだ、ゆっくりと、
花が開いていくのを、待っている。


この、胸にそっと灯りはじめた、
ささやかに、慕う心を、
まだ大事に観察していたい気持ち。


じぶんという花も。

縁という花も。

美しく花ひらくのを、
大切に、ゆっくりと、楽しみたい。

そんな想いを、静かに、抱えている。

あまりにも、すべてを急ぎすぎて、
そして、偏った体験しか、してこなかったから。

本当に、人に惹かれるとか、
人に好かれるとか、

だれかを愛するとか、
だれかに愛されるとか。

そういうのを、一から、
ゆっくり、
静かに、そっと、経験してみたい気持ち。









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