光と風と水と。

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自由が丘で、友達と再会。

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きのうは、ふるい友達と、自由が丘でランチ&お茶してきました。

9月に、赤ちゃんが生まれる友達。

ひさしぶりに妊婦さんに会ったら、わたしもなんだか、嬉しい気分。

妊娠したとき、
出産したとき、
産後の日々を、思い出しました。

懐かしい、
喜びと感動と愛と、
温かい光に包まれている日々を思い出しました。

心身ともに大変だったりしても、
赤ちゃんがいると、
しあわせに乗り越えられてしまう、あの、ふしぎさ。


最近では、イヤイヤ期まっさかりの我が娘も、
そんな時期があったな~とおもうと、
優しい気持ちになれる。


友達は、
私の大学時代から、今までを知っている人なので、

いろいろ話していても、

現実的な面と、感情論と、
哲学的な面と、
いろいろバランスよくお話しできるのが、ほんと、いいな~って思った。


人生、どういう風に展開するかなんて、なかなか予想がつかないけれども、

どんなことがあっても、

経験として、受け止めて、楽しむ、学ぶ、自分を知る機会になるから、

無駄なことなどないのだな~。

すべて、つながっているよね、人生の経験は。



同窓会の際に感じたことと、
昨日の友達に会ったことと、つながって、

自分の生き方、人生、あり方などを、あらためて、客観的に見つめた。


自分は、できるだけ目立たないように、
枠から外れないように、
線からはみでないように、
生きてきたつもりなんだけど、

結局、どうやっても、なにかしら、はみでていってしまうから、

人とちがっても、いいのかも??

って、思うようになってきた。

ときに、目立つと、
人に、なんの理由も根拠もなく、攻撃されるときもあって、
余計に、かくれるように、目立たないように、していた節もあった。


でも、所詮、攻撃されても、
それはその人の問題だし、
私は私の大きさを、無理に小さくすることもできないし。

もう、自由に、自然に、生きる・・・でいいと、ますます、確認した。


いろんな生き方、
いろんな幸せがある。

わたしは、私の生き方で、
私の幸せを、熟成させ、完成させていこうと思う。



どこまでも、受け止めてしまう優しさがあって、
優しさで生きれていれば、
愛を前面に出して生きていれば、
とりあえず、
良いんじゃないか、と思っていたフシがある。


どうやら、それも、
人の目をまぎらわせる方法の一つだったかもしれない。
攻撃されないための、擬態。


実際は、奥底には、

偽りや、ごまかし、曖昧さを唾棄し、
どこにも属さない、自由と新しさをよしとする、
激情にも似た衝動がある。

自分自身は、それを感じることがある。

より核心、
斬新さ、より洗練されたものを、求めるような気持ちが、
私の中にはある気がする。

だから、

「愛の戦士」なんだな~って思った。

ただの「愛」ではなくて、

どこか、「戦士」。


生きづらさといえば、
生きづらさかもしれない。

でも、本人が、いたって、生きづらさとおもっていないのが、
また、わたしってところかも、って思った。

万事、正直に生きた結果。


おかげで、
最近、すこしは、
人なみの、しあわせへ、つながる道を、

なんとなく、判断できるまでには、なってきたけれども。




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