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体の使い方、気の使い方

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ByMari

最近、体のメンテナンスを、少しずつ変えて、

「ちがい」が、また少しずつわかってきて、面白いのだけど、

体の使い方って、無意識なことが多く、

ああ、こんな無意識にやっていたのだな~と、気づいて、驚き、あきれ、

あらためて、体の使い方を、直そうって思ったりする。

知らぬ間に、
物を書くとき、左腕を張っていたり、力を入れていたり、
無意識に、足を組んで座ったり、
背中を丸めていたりする。

すぐ体がこってしまうには、そんな無意識な体の使い方もあるのかな、って思いはじめた。

すこしでも、楽に、力を抜いたり、ほぐしたり、伸ばしたりを、気づいたら、やっている。





日本語には、「気」という言葉がある。

わたしが、なぜ、心理的に疲れやすいのか、頭や心がいっぱいになりがちなのか、
最近、原因の一つが
分かった気がした。

つねづね、周囲から、「あんたは、気をつかう」からだ、って、よくいわれていて、

自分自身では、分かるようで、わけがわからず、腑に落ちなかったのだけど、

最近、ああ、そうか~と納得しはじめた。


「気」をつかうとは、

必要以上に、無駄に気をつかってることも、あるんだよね。

程度の問題。

相手からみたら、どうでもいいことでも、

他の人だったら、「あ、そうですか」で、言わないまでも、内面ではさくっと終わるようなことでも、

気にかけているのだな、私はって気づいた。

体の使い方と同じで、
その気の使い方が、
自分にとって、今までずーっと「当たり前」(無意識でする習慣)だったので、
ただただ、そうやっていたんだな~。


こちらで想像して、「気」を回したりして、

必要以上に、「気」を無駄に使いすぎていたんだな~って思うのだ。




他人を観察していると、

「気をつかう人」、「気をほどほどに使う人」、「気をあまり使わない人」、「気を全く遣わない人」

等、いろんなタイプがおり、その人の性格、姿勢、気質もあるだろうけど、

わたしほど、無駄に、気は遣う人っていないんじゃないかなって思った(爆)。



それが、「よく気がつく」とか、「思いやる」、「やさしい」とか、

私の個性と言えば、個性だけれども、

限度があるし、

自分が楽になり、生きやすい方へ、

方法を少しずつ変えていった方が、楽なら、そっちのほうがいいわ~って最近は思う。


最近は、

「あ、これ、これ以上、気にしなくてもいいや。これ、追いかけなくても、いいや」

って、気づくと、さっと、引いて、

別のことに、すぐ意識を向けたりする切り替えが、
すこしできるようになった気がする。


とはいえ、
「どうしても、気になってしまう」、
そんな場合は、

まず、どうしても気になることの対象物を観察する。

で、自分の内側をよく観察してから、
どう始末するか、
対処していく・・・ってかんじ。

でも、たいてい、
たくさん寝て、たくさん動いて、アファメーションしたり、
自分の興味を別に持っていくと、
やることがたくさんあると、
だんだん、そんな「執着」のようなものも、薄れていくようだ。




「気」の使い方を、変えるように意識しただけで、

「気分」「気持ち」が変わる、楽になる・・・のを、なんとな~く、感じている。


「気」の使い方を、もっと意識的に習慣を変えていくと、

もっと、自分も人も、
お互いが気持ちよく過ごせる距離感が、築けるようになるのでは?と思った。




「気持ち」、「気分」
「元気」「気力」「気配」
「気づく」、「気をはる」、「気を利かす」
「気が合う/気が合わない」・・・・

日本語って、奥が深い。





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