秋晴れの日曜日。受け取った。

9月の長雨がなんだったの?って思うくらいに

今日は晴天で、

娘の保育園の運動会でした。

りっぱに踊っていた娘に、驚き、

みんなが騒ぐなかでも、
おとなしく、坐って順番を待っていて、
終わりの方に、メダルを受け取ることもできていた娘に、

また驚き。


他の子は、入場も本番も、退場も泣いていたり、踊りもできない子も多い中で。

じっと座って、待っているのもできなくて、ママに飛びつく子もいる中で。

娘は、ものわかりのよい、きちんと状況がわかっている子でした。

びっくり。



家では、最近、娘が、イヤイヤ期Maxで、

忙しくって、頭のなかがモシャモシャ気味のわたしは、

かなり我慢強いタイプにもかかわらず、

娘の反発に、

キーッと来てしまうことも多かった。


そして、娘も、キーキーを高じて、さらにキーキー!!!

「こんなんでいいのかな~、子育てって」

と思うことが増加していた。

私自身が、
じょうずには対応できていないと思われる、感情的な対応も増えて、

「つかれた」

「あ~、、もー、いやだ」

「あ~、めんどくさい」

と口から出ることも、たびたび。


そして、そうやって、ぶつぶつ言っているじぶんのことが、

自分が一番嫌なんだよね~。

じぶんが、じぶんを、嫌なんだよね。

娘が、ムカっとかじゃなくて。

うまく対処できていない、じぶんが、いや~な気持ちなのだ。

一番大事な存在である、娘に集中できていない、
エネルギーが分散気味のじぶんも、
嫌になって。


でも、
わたしの内側では、

複数の私がいて、

「だって、しょうがないよ。
たくさん、いろんなこと、やってるんだもの」

「同時にいろんなこと、すごく、がんばってるよ。
かかわっていること、ぜんぶに、
最善を尽くしているよ」

って、客観的にモニターして、言っていた。



で、今日は、
その冷静なわたしの言っていたとおりだな~と、

何かを受け取った日でした。

理屈ではないけど、

なにはともあれ、

これでいいんだ~って、ゆる~く思えた日。


運動会だから、
家族行事だし、パパママ二人で来ている家族も多い中、

ちょっと気持ちが卑屈になりそうな自分を、

「わたしは、パパであり、ママであるのだ!!!」

心の中で、しっかと思った。

開き直ったら、スッキリ。

なーんだ、そういうことだ~って思った。

ビデオカメラで、場所を考えて、娘を撮影した。




わたしも、できるかぎりの最善を尽くしている。

完ぺきではないけど、最善を尽くしている。

娘も、その最善のなかで、娘なりの最善を生きている。

それでいいのだ。

この晴れた青空みたいに、すこしだけ、ほっと明るく抜けた。



どこへ行っても、
いろんなものが見えてきて、

「うーむ」と思うこともある。

二極化は、進んでるんだな~と感じる。

でも、
同じ場所にして、同じ時を過ごしていても、
人によって、見ているもの、感じているものが、全然ちがうし、

それでいいのだとおもう。

蒔かれた種は、
きちんと、芽吹き、育つ。

チューリップの球根から水仙が咲いたり、

朝顔の種から、ヒマワリが咲くこともない。

蒔いた種のとおりに、
芽が出るってことだと、おもう。



平和な昼下がり。

10月からは、またすこし、何かが開け、自由に、楽になれそうな気がしている。

9月までの流れで、
「気力がいること」が、イコール、「悪いこと」ではないという気づきもあった。

責任と、やりがい、達成感、充実感、感動があり、
自分を知ることや、
知らなかったことを学んだり、気づいたりできる。

新しい能力にも、開花する。

やっただけのことを、
人は、ちゃんと、
受け取るようになっているのだ、という、理屈ではない納得。

この流れの中で、
日一日と、毎日を生きていこう。

おだやかな昼下がり。

風に揺れるカーテン、
窓の外の音を聞きながら。








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