蜘蛛のはなし。

後部座席に座り、

車が走り出したら、

窓についている小さな雨よけのガードのところに、

四センチばかりの、細い足のクモが、くっついているのに気づいた。



車の速度が増すと、風で、ブラブラゆすられて、

今にも吹き飛ばされそうなのだけど、

お尻から糸を出しつつ、

細い鋭いつま先で、巧みにしがみつき、

ふりおとされない。

よくよくみると、

足は八本ではなく、左右対称ではなく、

四本と二本で、アンバランス。

どこかで、足が取れてしまったのだろう。

違う虫にも間違いそうなほど、クモらしさがない。

でも、クモなんだよね~。


車が停車しても、走り出しても、

そのまま何とかしがみつき、

クモは、我が家の駐車場までついてきた。


そして、また私が、娘を迎えに行く時、

車の窓のガードの、同じ場所にとどまっているのを、確認して、

再び発車した。


「けっこうだいじょうぶなんだな~」

と、

おもしろがって、眺めていた。


でも、おもいがけない、あるとき、

車が走っている途中で、

クモは、ふっと、飛ばされて、消えてった。




「あー。やっぱり、飛ばされたか」



四車線ある、大きな通りだったから、

その後のクモが、どうなったかは、わからない。




他の車にひかれたか。

案外、風に吹き飛ばされて、歩道のほうまで飛んでいけたか。

他の車にまたとまったか。


いまおもえば、
案外大丈夫そうだと思ったけど、

その瞬間、クモの体力は、使い果たされたのかもしれない。

それまでの道中も、
余裕じゃなくて、必死にしがみついていて、
ついに力が抜けたのかもしれないし。


あとあとになって、

家の駐車場に着いた際に、ちゃんと地面の安全な場所へ移してやればよかったな~と、思った。

それが、わたしのできる一番最良の処置だったと、後になって気づいた。

わたしのなかに、
飛ばされそうなクモをみて、
面白がる残酷さが、いくぶんかあったことに気づいた。

命は、小さくても命なのだから、
わたしがあのクモだったら・・・とおもえば、
可哀想なことしたな~と思うのだ。

この出来事を、
どんな寓話にするか。

か弱きものをもてあそぶ、人間のエゴがテーマとするか。

小さい命の必死さに、運命に翻弄される存在を思い重ね、
それを嘲笑している者もまた、
所詮は同じに土俵にすぎないとするか。


でも、「必死にしがみつこうとする者」

「落ちていく者」

を眺めて、

なにもできない自分をおもって、

自分の無力さ、無能さで、自分を責めるというのも、

なんだか、ちがうんだよな~ってこの頃思うのだ。

そういうのも、傲慢さだと思うのだ。


なーんていろいろ考えていたら、

クモの細い、繊細な、ベージュ色の足や骨格が、

そんなにグロテスクではなく、

うす透明で、かわいらしかったこと。

クモも、なにかのメッセージだったのかな~と、

神のお使いだったのかな~。








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