「傷つく」が、減った話。蜜柑の香り。

誰かが傷つくのを、
みたくないと、
思って、

自分が傷つくことを、引き受け、許していたのかもしれない。


誰かが傷つくのを、見るのが、苦手・・・だった・・・???

????

でも、なんだか、最近、

「傷つく」って、ことが、あんまり、響かなくなった。

他人に対しても、自分に対しても。

いちいち、動揺しないというか、

そも、ひとって、「傷つく」ってことないよね、っておもう。



私自身が傷ついた、傷つけられたと思うときは、
私の無意識が、
私になにか、サインを送ってるんだろな~って思う。

でも、それも、以前に比べたら、
回数が減ってきたような気がする。


「傷つく」って思うのは、

その人が、そう思うだけであり、

その人の本質は、傷つけられたり、ゆがめたりのできない、

魂のかたまりで、光っているとおもうのだ、誰しも。



傷ついたという想いは、

たいていは、エゴの問題に触れたときに、

発動する、なんらかの感情の動揺にすぎない。


よくよくみてみると、エゴに過ぎないことも、多い。




自分にとって、大事な人、愛している人が、

傷つけられたり、苦しめられたりするのを、

見ているのが、つらいと思ったこともあるかもしれない。


でも、それすら、最近、

「見守る」ことが、少しずつできるようになってきたように感じる。

人は「苦しめられる」「傷つけられる」

って、まあ、そのときは騒ぐけど、

最終的には、「ただの経験」で、

まあ乗り越えられるものがほとんどではないか?

自分に対しても、人に対しても、

そう、ゆるゆると、おもう、達観かもしれない。





まあまあ、

いろんなところで、いろんな変容があって、

いろんな面がみえてきて、「へえ~」って思うことも多い。

まあ、でも、

否定も肯定もなく、ただ、「そうなんだ~」って受け止めるだけ、で。

次の瞬間は、また別のことを、思っている。

自分は自分で、気になっていることが、別にあるからね。



ぶらりぶらりと、

北風にのって、冬ですね~。

いつもの道を歩いていると、

お庭でたわわな蜜柑がなっているのがみえる。

爽やかで甘い香り。

いつも、そのお家の前を通るたび、いい気持。

ありがとうって、心の中で、愛を込める。



関連記事

コメントの投稿

Secret

google広告

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

プロフィール

Mari

Author:Mari
さすらいの文学少女・・・またの名を、夢見るファイター?。

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

リンク

フリーエリア

CREDIT

top