河の物語。祈りに似た情感。ハレルヤ。

はたと気づいて、愕然とした。

ああ、人はこんなに私を慕って、
好意を全開にしてくれて、
ピュアな気持ちがじーんと響いてきて。

その全開の好意に、
たじろぎながら、
おずおずと受け取った、わたし。

うれしいな~としみじみ思いながら、

いつでも、

「でも、こんな私でも、いいの?」

って、もう一人のわたしが、言うのだ。

人を愛するのが、とても得意で、
とても気持ちよく、
愛すれば愛するほど、
エネルギーが泉のように溢れてくる。

でも、
他人を愛するほどに、

自分のことを、みじんも認めておらず、
愛していない自分がいて、

ほんっとに、愕然とした。

他人にこんなに愛を注いでいるのに、

その何分の一も、

自分に対して愛を注いでいない自分に

微塵も自分に愛を注いでいない、
自分に気づいた。

こんなに大きな愛を持っているのに、
それを、
ことごとく、他人事にそそいでいるように、思えた。

自分のことをよく分かっていないって、
こういうことなのかもしれないね。



前から思っていたことだけど、
妙に今日は、腑に落ちて、感じた。

いいかげん、
前に進んで良いんだなって、
自分を信じて良いんだなって、
ちがう道を歩き始めている今を、感じた。


たまたま、最近、

パウロ・コレーリョ『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』

を読んでいて、
そのテーマと重なるようだった。


途中で読むのをやめようかと思った小説だ。

山川亜希子さんのFacebookで、流れてきて、
読む気になり、

じりじり読んでいて、
意味も分からず、あんまり全部シンパシー感じるわけでもなく、
何を表現しようとしているのか、わかりにくく、いらいらする部分もあった。

でも、読み進め、
なんだろう・・・
ふしぎに、影響を受けている気がする。

この小説は、
無原罪のマリア、
マリアの信仰の復活の話が、
テーマの一部で、
この作者の代表作、『アルケミスト』より、少々難解。

そのせいか、じわじわきた。

加えて、
今日は子供たちとの関わりの中で、
飽和状態になったのか、

パカーンする瞬間があり、

しみじみと感じながら、
内省していていたら、
静かな感動と気づきが押し寄せた。

心の中で、この曲が流れた。



この、
もの哀しい、
けれども、
愛と慕情、切なさに満ちた、この感じ。

祈りにも似ている。

この小説を読み始めてから、
「河」のモチーフについて、
思い巡らせた。

こんなイメージが浮かんだ。

大きな暗い河が、とうとうと流れている。

対岸に人が立っていて、その人は、こちらをずっと観ている。

私も、その人を、ずっと観ている。

私たちの間には、太い川が流れており、対岸に渡る手段は何一つない。

無力なのだ。

あまりに遠く、声も届かないので、
沈黙の中、
ただただ互いに見つめ合って、眺めあうしかない。

もう一度、再会できたらと思うが、それは不可能だとわかっている。

河は、
運命のいたずらとも、数奇な運命とも、
宇宙のはからいとも、
それぞれの天命・・・と言い換えられる。

そういった、人間の小さな思いではどうにもならない、
大きな大きな流れの象徴。

私の心のバイブル的作品の一つ、
遠藤周作『深い河』の、
河にも重なる。

河は哀しみだけではなく、
愛も包んで、
とうとうと流れていると、思う。
あらためて。




この人のバージョンも、↑ 好き。

そして、こんな動画も、
Facebookでつい数日前、流れてきて、感動してたところ。




この曲、いろんな人のアレンジバージョンがあって、
毎度、新しいバージョンを聴くたびに、
好きだな~と思う。

このアレンジが、一番、好きかな~。

ハレルヤ!!


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