高揚と恍惚。まるで恋に似た。

すごく気持ちよいときって、
お腹が空いたの忘れるくらいに、感覚が精妙になっていて、
食べものも、
体のチューニングにかなり合わせないと、その余韻がもったいなく感じる。

上質な空間、時間、人で、
お腹いっぱいだから、
そのクオリティを下げたくない気持ちが働くのだろう。

町にあふれる、いろんな色彩、デザイン、音、香りが、
猥雑で、毒々しく感じるくらい。

淡い色合い、かすかな音や香り、
静けさ、
大切にされているもの、
整ったものを心身が欲する。

ただ「稽古」と思っていたけれども、
稽古場だけが稽古なのではなく、

その時空間ごと、
自分が生活に入って、立ち回っている感覚でいけば、
それが心地よさ、美しさなのかもしれないと、今日は思った。

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恋に落ちたとき、
人は自然に、詩人になって、
感受性が広がり、
世界の色彩や香り、音が、
まるで映画みたいに劇的に変わっていく。

そんな感受性の開花は、
恋だけの効能と思っていたけれども、
恋だけの特権ではないのだね~。


浮かれポンチ?いかれポンチ?
に、ふわふわと、地に足つかずに、酔っているより、

もっと大きな自然、小さな自然とともに、
心身通して、
着実に、自分も上がっていくことのほうが、醍醐味を感じる。



遠くに行かずとも、
こんな身近に、
小京都があるっていう、感動。

もしくは、小さな寺院。

自分の中に、小さな神社、お堂が、静かに作られていくという感動。

人の恋も美しいけれども、
もっと大きなものとも、同時に、恋に落ちている。

・・・素敵ではないか。

そうやってると、
小さなものも、
大きなものも、
相乗効果で、さらに、生き生きと、みずみずしく感じられてくる。


パリジェンヌや、パリのマダムの、
スタイル、センス、美意識を盛り込んだ本が、
最近、よく本屋さんで並んでいる。

私も、フランスの成熟の文化に、惹かれるものを感じていた。

その上で、今日は、はたと気づいた。

フランスに学ばなくても、

日本には、古来から、
十分、成熟や洗練の文化が、根付いているではないか!!

あれも、これも・・・。

人そのものが、もはや、生きた骨董になってゆく世界。

「まるで、谷崎潤一郎みたい」

と、

谷崎の美意識や、物語世界なども、思い出しながら、

ふむふむと、うちあたいする、今日でありました。



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