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デトックス。客観性と、フォースの使い方。

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ByMari

姉夫婦が帰省し、

職場&私的友人との外出からの、

家族サービス的な流れで、引き続いてます。



ダイナミックな流れも感じつつ、

3月末の数日、およそ2日間は、自分のなかの「腑に落ちなさ」が噴出する数日だった。

肉体的、心理的、霊的に、
3月末でデトックスだったのかな~と、4月1日の今朝は、思った。

噴出しながら、最終的に思ったのは、

「所詮、他人事なんだよな~」ってフレーズ。

もやもやしてたり、
腑に落ちないことや、違和感を感じたこと。

私の場合、観察していると、
その多くは、

「他人事」で、自分に直結したり、直接的に関係するわけではないことが、とても多かった。

「他人事」って見切ったら、

「あ、自分のことに、集中集中」と、切り返して、整理された。


最近、とても調子が良いところがある一方で、

「どうして、そんなもやもや?」
と思う、モヤみたいなものが、私のなかに、あって、

観察してみたら、

体もすこしずつ、不調を告げていたんだよね。

新しいことに取り組むとき、
やはり、古いものを手放したり、
変化しようとしてがんばってる部分で、心身のメンテナンスも必要になる。

普段は見て見ぬふりしている部分(エゴや、体の健康習慣など)を、受け止めて、
手放す&浄化するステップも必要だったのかな、と。


sea

およそ6年前、
大病をして、それまで勢いよく進んでいたことが、
すべてが一時停止し、

価値観や考え方、生き方を、すべて一から再構築しなくてはいけないと、

理屈なく感じさせられる時期があった。


その時から、スピリチュアルに本格的に目覚めていったわけだが、

一番最初のころ、あるサイキックの人に、指摘されたことが、

感情移入と客観性、境界線というテーマだった。

自分自身も、それが苦手であり、
感情移入が多く、
客観的に観察するのが苦手で、
境界線もあいまいになりがち、と、自覚し、

いつになったら、わたしは、客観性を実現できるかな~と思っていた。

たいして努力もした気もしないが、

ここ最近、

以前と異なる、自分を感じる瞬間があった。

「良い悪い」「正しい・正しくない」

の議論は、どこへ行っても、なにかしら出てくるのだが、

以前だったら、感情的に反応していたはずが、

ふしぎなくらいに、冷静に、距離を置いて、別の軸で観察できている自分に気づいた。


「あ、客観性って、こういうことなのかな」と。


ジャッジ、と、よく言うけど、

ジャッジの有無って、こういうことなんだな~と。


たしかに、「人としてどう?」って思う判断基準があり、

道徳、倫理的に、絶対許せないこともある。

悪い人は、よく、そんな悪いことできるのねと、驚くこともある。

一方で、
では、そんな悪に対して、「闘争か、逃亡か」みたいな、二極的な選択しかないってのは、

もう、ひと昔前の次元ではないか、と思ったのだ。

「闘争か、逃亡か」ってのは、動物の生存本能と同じ。

案外、世の中の人が、陰の人も、陽の人も、そういうパターンで動いていることって、あるんだな、と。

あと、「敵と、味方」「あちら側の人間、こちら側の人間」
と、分けてしまうとか。

そうやって、単純な構造で対処すると、結局は相手と同じ、低次元になってしまうのでは。


スターウオーズで、
マスターが、

「ジェダイの騎士は、フォースを、争いのために使うのではない。

ジェダイの騎士は、
フォースを、平和のために、使うのだ」


って言ってる場面を、思い出した。





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