光と風と水と。

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きれいで、ありたい。

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ByMari

無駄な無理が、
ぼろぼろとはがれていった、今日この頃。

あー、これだわ~、無理むだワって、

何にフォーカスしてしまっているか、客観的に、微細に気づき、

雑草の芽を抜くかのように、丁寧に取り除く。


加減することは、「出し惜しみ」になると思っていたけど、

なんでも全部出せばいいってもんではないと、冷静に気づけるようになったことは、大きい。

塩はまんべんなくたっぷりふっても、しょっぱいだけだ。

塩は、効かせるものであって、
妙味ってそういうものだよね。

もう、降りません。

上から、ずっと、やっていきます。

わたしには、まだまだ見上げるものも、
憧れも、夢も、
理想とする光り輝くあり方も、あるから。

そちらを向いて、やっていく。

いちいち、降りていたら、エネルギーの無駄だし、
他人の責任、尻ぬぐいをしているに過ぎなくて、
なーんの意味もないし、
相手にとっても、いい迷惑って場合が多い。

高いところに意識を合わせる。

純粋に、きれいに、透明でありたいという気持ちに、意識を合わせ続ける。



帰り道、
谷川俊太郎さんのことを思った。

先輩が、谷川さんの講演会に、幸運なことに参加でき、
谷川さんご本人を生でみて、感動したというのを、読んだ。

分かる気がするのだ。

思うだけで、わかる。

谷川さんの詩をおもって、
谷川さんの存在をおもって、

谷川さんが生きている、まだこの同時代に生きてるってだけで、

なんだか、感動だよね。

詩がこころになまなまと立ち上がるときの、
あのピュアな感覚を思い出せる。

思い出すと、ああ、そこが、わたしのいる場所だなって思える。

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