まっすぐなことを、まっすぐ生きようとして。

いわく言い難い、
切ない、悲しみの残る、夜である。

会議のなかで、

私は突然、事情を説明しなくならなければいけず、

私なりに説明し、私なりに出した答えをみんなの前で、云ったわけだけど。

なにが正しいのか。

なにが本当の教育のなのか。

人ととして、教える人間として、

なにができるのか。

みんな、それぞれの中で思っていたと思う。



わたしは、優しすぎるのかもしれないけれども、
わたしがやさしさを発揮しても、しなくても、

最後の最後には、結局は、
その人は、その人自身の力で立たなければならないのだ。

だから、わたしは、わたしのコミュニケーションのなかで、関係性の中で、
あのこたえをだした。

たとえ、ほかのひとが、それを過剰と思ったとしても。



やっぱり、
このしごと、向いてないのかな~って思いながら

いつでも、異邦人の気持ちで、やっている。

わたしは、職業でやっているようで、職業でやっていない。

ただ、わたしはわたしという人間としてやっている。

だから、だめなんだね、きっと。

「だめで、けっこう」な、パンクロック的なだめさ。

子どもたちには、やたら好かれる。

ほんと、いいひと!みたいにいわれる。

そりゃそうだ。

わりきってないもん。

私の中の理想では、

「せんせい」と呼ばれる仕事は、それに、はまりきってやるくらいだったら、やめたほうがいいと思ってる。

ほんとうの「せんせい」ではなくなる、人として。

不条理に震える、
不合理に胸を乱される日は、

ブルーハーツか、
忌野清志郎の歌だ。



うん、わかってる。

これも、過去のパターンの一つだって。

引っ張られている過去のサイクルだってことも。

もう、一緒に悲しむのはやめだ。
憂鬱になるのも。ダウナーになるのも。

一つのお役目で、わたしは、あの場で、一石を投じる役目だったってだけだ。

「愛」の側として。






人間らしい人間として生きるのが、とても、たいへんだってことを、最近思う。

まっすぐなことを、まっすぐ生きようとして、いつもあちこちぶつかってばかりの人生。

でも、それが、わたしの人生なんだな。

不器用だけど、この生き方で、わたしは大切なものを守ってきたし、私を愛してくれる人たちもいる。




イエローモンキーとか、
ブルーハーツとか、好きだよって言ったら、

「せんせい、リンダリンダ歌って」

といわれ、

「そりゃ、無理だろう」って、即答。

恥ずかしいだろう、リンダリンダは。

本気でやらないと、無理だろう。




そろそろ、本気だして、生きていこう。
ヌードで。
もっと先まで。
まだまだ、勝負はこれから。
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