ガイドボランティア研修講座に行きました。

今日は今日とて、
地元の、行政主催のガイドボランティア講座に行ってきた。

知的障害の講習、
身体障害の講習、
視覚障害の講習を、

当事者の方や、当事者の家族の方が講師となり、
教えてくださった。

基本、中高年の方や、主婦らしき方が多く、盛況だった。

ボランティアに興味がある人も、
ほんとうに、いろんなタイプの方がいる。

今日は、”心”と”行動”について、おもった。

なにか福祉の研修を受けたり、
ボランティアすることが、
別の何かのポイントになるから、来るという人もいるらしかった。
「修了証がほしい…」とか。
「…仕事になる…」とか、そんな会話が聞こえてきた。

また、
親切なボランティア精神はあるけれども、
ごくごく普通の人の感覚というか、
当事者への理解や配慮がちょっと足りないかな、と思う人もいた。

車いすに乗る実習で、
「乗せてもらうほうは、楽かなって思った」という感想が出た。
車いすの人は、べつに「乗りたくて、乗っているのではない」という前提が、
その人の中には、入っていないんだな~と思った。

でも、この雪の降りそうに寒い日に、
雨が降る中、
休日に、わざわざ朝から来るのだから、
講習参加者の人は、やはり偉いのだ。

つまり”行動”がともなっている。

いくら、”心”があっても、
”行動”がともなわない場合も多い。

すこしくらい”心”がなくても、
”行動”出来てしまっている人のほうが、
あるいみ、すごい。

でも、
”心”がなくて”行動”できている人のなかには、
自分の”目的”や”意図”が、
別にある人もいるのかもしれない。


ボランティア――奉仕活動に参加してみると、
そも”奉仕”とは何かを
その活動や行動にこめる自分の想いとか、エネルギーとか、
自分自身が問われるので、
とてもためになる。

あと、
アイマスクをして、
白杖をもって、誘導されながら、屋外の道を歩く実習をしたとき。
すごく新鮮だった。

自動ドアの音、車の音、雨の音、空気の冷たさ、
靴の裏の感触、
段差をたしかめる、自分のあしどり。
感覚が全然かわってしまう。
意識が、まるきりちがう場所へ移動する。

わたしの組んだパートナーの人が、
とても優しく落ち着いてる女性だったので、
こころよく任せられた。

最初は階段がこわかったけど、
なぜか慣れると、おちついた気持ちになった。
フィットするというか。
もしかして、いつか、どこかで、
目のみえない人生を歩んでいたときがあったのかな。

今日、一番感動したのは、
障がいの種類はさまざまだけど、
だいたい、当事者のみなさんは、
「教える」こころを持っているってことだった。

つまり、障がいのことをよくわからない、わたしたちにたいし、
広い心で、
親切にも、自分たちのことを教えようって気持ちがあるってこと。

教えてもらう。
これが、ただしいな、と思った。
関連記事

コメントの投稿

Secret

google広告

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

プロフィール

Mari

Author:Mari
さすらいの文学少女・・・またの名を、夢見るファイター?。

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

リンク

フリーエリア

CREDIT

top