光と風と水と。

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派手にやりつくすのも、一つの方法。

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ByMari

「悲しみ、つらさ、やりきれなさの対処の仕方、やり過ごし方。
もはや、ある意味、プロ?!」

なーんて、思った、今朝のわたし。

今日は、ようやく、ため息が出るようになった。

「ああ~」
「あ~あ」

みたいな、
間抜けな、どうにもならない、ため息が、ズーンと時折でてくる。

「あ~あ」っていいながら、
次の瞬間、
「ヨシ!」
って、なぜか、親指突き立てて
気合入れている。

それでも、またため息がでてくると、
こんどはそのまま、

「ヨシ!ヨシ!どすこいっ!!」

とか、さらに気合を入れていた。

すると、しらぬまに笑えた。

シリアス、ど深刻、まんまん真面目に、
根っから堪えられない人間。

じぶんのどシリアス場面だって、
いつだって、最終的には笑いだしていた。

泣いて泣いて、
泣きあきたら、
じぶんが滑稽で、おかしくなってきてしまう。

一昨日より、昨日より、
今日はまた一歩、
少しずつ前に、進むのだ。


午前中は、
意識的に、研究発表のレジュメ作りにいそしむ。

集中してくると、
意外に、楽にレジュメが進んでいった。

お昼になったら、
窓の外が晴れて、
すごく気持ちよさそうだったから、
パソコンを閉じて、散歩に出かけた。

ウオークマン聴きながら、一定の速度で、さっさと歩く。

風が気持ちよくて、お日様は温かくて、
すっかり、春の空気。

でも、心の中は、おしゃべりでいっぱい。

人間ふしぎなもので、
こうなってみると、
今では別れてしまった人、
わたしに散々酷い思いをさせてくれた嫌な人ですら、
この世のどこかで、のうのうと、図太く生きててくれれば、
ありがたいという気持ちになった。

死んじゃうのが、一番悲しい。

かといって、死んでしまった人を、責めているつもりはない。

それも、選択肢の一つなんだろう。

人の選択、自由を尊重する。

たとえ、そんな選択をしたしても、
わたしは、その人のことが好きだし、
その人の人間性は変わらない。

でも、わたしは、わたしの生き方をする。

「めちゃくちゃハッピーだらけでもないけど、
じぶんの人生楽しいと思っている。

なんのために生きているかなんて、よくわからない。

でも、
関わった人、好きな人、仲良くなった人が、
とりあえず、元気よく生きていてくれるだけだで、
ほかのひとの励ましになると思う。

わたしは、生きていてほしいと思うから。

せめても、それが愛って気もする。

そういう愛もある」

・・・心の中で、ぶつぶつ独り言。

yuka

わたしは宇野千代が大好きなんだけど、
不意に、宇野千代の書いていたことを思い出した。

失恋すると、
宇野千代は、
部屋の中でわーわー泣いて、
布団をかぶって泣いて、
床を叩いて泣いて、やりたい放題、泣いている。

で、それに飽きたら、
町へ出かけて、
裏道通りなんぞを泣きながら、そぞろ歩いて、
人目なんか気にせず、
思いっきり悲しみにくれるんだそうな。

派手に、失恋のひととおりを、やりつくす、と。

そうすると、
ふしぎなことに、数日後は、
もう憑き物が落ちたみたいに、ケロッとなるんだと。

大学時代だろうか、
最初それを読んだとき、
「ずいぶん派手な人だな~。
ある意味、素直で、すごいなあ。
でも、わたしには恥ずかしくって、できないな」と思った。

あれから年月を経て、
経験することで、今は共感している。

裏通りを、
人目構わず、若い女が、わーわー泣きながらそぞろ歩く。

傍目で目撃したら、驚くけど、
それが友達だったり、自分だったりしたら、
その行為をあとでふりかえったら、
なんか笑えるし、人間らしくって愛らしいよね。
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