わたしの才能

今日は歓送迎会で、
12月入社のわたしも挨拶をすることになった。

語りながら、気づいたことが多かった。

わたしの面接をしてくれた、採用担当だった人が、

「あなたは、誰とでも話せるし、誰とでもいけるよね。
ほんと、採用してよかった~。
ここに来てくれてよかった~って思うよ」

って言ってくれて、嬉しかった。

また、つい最近入社してきた同僚の人にも、

「まるで、もうずっと前からいる人みたいに、
馴染んでますよね~。すごい~。
マリリンコさんは、話し方がとっても上手だから、感心していたんですよ」

って、云ってくれて、驚きつつ嬉しかった。

今日はイベントもあって、
参加者のお客様と直接交流する場面も大いにあった。
充実感と喜びを感じた。

職場のチームの人たちとの交流、
昨日のハワイ島ツアーの仲間や、
ボランティアでかかわった施設グループの人たちのことを思い出しつつ。
・・・あることに気づいた。

結局、どこへ行っても、
わたしはそこの人たちが大好きになる。

熱烈に情熱的にというより、
静かに、素直に、しみじみと好きになる。


kodomo

あらゆる行動の動機のなかで、
モチベーションとして一番大きいのは、
そこで関わっている人たちのエネルギーや、
生き方みたいなものが「好き」というのがある。

いまは、仕事も喜び。

仕事が仕事なのか、
趣味なのか、なんなのか、ごっちゃだ。

仕事の内容自体もすごく好きだし、
チームの仲間や、参加者・利用者の人たちとの交流も好きだ。

どこへ行っても、ひとびとを好きになる。

相手も、自分のことを好いてくれるかどうかなんて、
まるきり考えていない。

だって、もうすでに好きなんだもの。

とにかく、好き。

集団としても、
ひとりひとり単体で見ていっても、好きになる。

わたしには、これといった、
わかりやすい才能や技術も何もないけど。

人を好きになる才能だけは、あるな、と。

大体、人や、学問や趣味でも、
何かを好きになること自体も、好き。

好きになる喜びホルモンの過剰体質みたいなものだ。

自分の宝みたいなものかも。

そして実は、
わたしの生きていく基準、原動力は、
すべて、この、「自分にとっての好き」にかかっている。

「好き」があれば、とにかく幸せ。

通常の二倍三倍くらい、エネルギッシュになれる。

なんだって、楽しんでできちゃう…みたいな。


「こんなんでいいのかしら?
もっと要領よく、計算高く生きないと、現実はきびしいんじゃ・・・
ただのお人好しで、利用されて終わってしまう・・・」

なんて今までは、
そんな自分を、
いわゆる常識的な両親の基準で眺めてみたりもした。

でも、今は、
自分の価値観・生き方で、もういいじゃんって思っている。

自分が好きなら、それでいい。
ごくごく単純。
迷いなく、ただそれだけ。
怖いものなし。
関連記事

コメントの投稿

Secret

google広告

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

プロフィール

Mari

Author:Mari
さすらいの文学少女・・・またの名を、夢見るファイター?。

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

リンク

フリーエリア

CREDIT

top