飾らずに。他人の重み。

今朝はひさしぶりに、
おもいっきり一方にぶれた。

久しぶりに、黒やグレイのシャツをきて、
なんの飾り気もないパンツをはいて、
化粧もなにもナッシングで、過ごしたい気分だった。

でも、結局、
箪笥の中もクローゼットの中も、基本的にカラフルなものしかないわたしは、
グレイのセーターに、サーモンピンクのニットを羽織って、
デニムで、ぶらっと気分で出勤。

ふと思ったんだけど、なんだか過剰に盛る必要ないな~と。

もう、ありのまま、その人から出ているから、エネルギー。

その人の内面や精神、精神生活が、
エネルギーに刻まれちゃってるから。

よそったり、表面的に良く見せようとしたりしても、
なんも変わらないんだよね。

女らしくしようと、
一生懸命フェミニンな服装を目指しても、
過剰に盛ってるだけのことなんだな、と。
そもそも身体は女だから、女以外のなにものでもないし。

なにも飾らず、誰の目も気にせず、
装わず、そのままの自分でいたい気分。

こんな気分はひさしぶり。

20代前半までは、ずっとこんなだったことを思い出す。
たぶん、そうやって闘っていたのかもしれない。

でも、今のわたしは、別に誰にはり合っているわけでも、
抵抗しているわけでもなく。

あの頃、他人にあこがれていたものは、ほとんど学んだり、身に着けたと思う。
知識や教養、
オリジナルの才能やセンス、
経験値も、精神的な忍耐力も。
渡世の流儀も。

あのころは、他人に、自分にないものを投影して、
求めて、あこがれていた。

最近、あまり、それがない。

せいぜい経済力と生命力かな~(笑)。
いろいろな意味で、ゲンキンである。

今は、ただ、
何も飾らずに、無為になりたかったのだ。

でも、ふしぎなもので、
おもいっきり片方に振り切ってみたら、
また、もう片方にぶら~んって戻ってきた。

完全に、一人で独立して、完璧ってわけでもない。

わたしには、まだ足りないところがいっぱいある。

それはたぶん、
足りないものを、よそから取ってきて、付け足すのではなく、
自分の中に、すでにあるものを、認めていく作業になるだろう。

自分のいろいろな面を、
今まで否定して、愛さずにいた部分を、
積極的に肯定して、認めていく作業。

そういうバランスを、忘れずにいたい。

sacret

たぶん、人を好きになることはやめない。

老若男女をまんべんなく好きになる人類愛と、
個人的に好きになる恋愛と、
どっちも必要だから、あるんだな~と思った。

友達でもいいはずなのに、友達で終わらないのは、
たぶん、恋愛は、
個と個が、直面する経験だからかもしれない。

それほど、他人をトータルに思ったり、
まともに感じたり、
真摯に観察することって、少ないと思う。

好きになるから、
その人個人のことをもっと知りたいと思うし、
より深く理解したいと思うものだ。

油断していたから、忘れていたけど、
そういう意味で、人を個人的に好きになると、
こっちもハートのセンター全開で、
境界線がオープンというか、無防備になっているので、
ガチに、まともに向き合うと、
バチンって衝撃を受ける。

動揺するんだな。

去年の夏ごろ、私が好意を感じていた子が、
亡くなっていたと最近知ってから、
わたしは、人を好きになり、まともに関わっていくことに、
恐れを抱いていると気づいた。

で、覚悟を決めて、
その苦手意識や、課題にとり組もうと、
ここ数か月、ちょっとずつ好きになりかけていた子を、誘ったわけだ。

そして、また、どうしたものかと、考え込みそうになっている。

一昨日の「バチン」があまりに大きかった。

ある意味で、それが”他者の重み”ってやつかもしれない。

なにもなかったことにして、忘れようかと思ったけど、
それもそれで、自分はなにも学ばずに、
真実をみつめずに、逃げている気もする。

何か一つ、気づきを得たい。

とりあえず、こだわらず、
無理なく、流れにゆだねようかな、と思っている。

そんなこんなで、
仕事を楽しみつつ、自分のリラックス時間もとりつつ、
今日も今日とて、一日が終わりました。
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