スプートニクの恋人。銀の月の下で。――時差式の恋。

住民票を、駅前の行政センターでもらうため、今朝は早めに家を出た。

予想より早く用事が済み、普段より20分くらい早く、電車に乗る。

品川駅は朝の8時台でも、ふつうにレストランやカフェ、お惣菜屋さんが開いている。

淹れたてコーヒーを買っていこうかと、ぶらついていたら、
本屋さんまで開店していることに気づく。

店頭では、でかでかのポップと共に、
村上春樹『1Q84』の文庫がずらり並んでいる。

ふと、ある人のことを思い出し、
それほど興味ないのに、思い直して手に取ってみた。

冒頭、数ページ、
ひさしぶりの村上春樹は、海外のミステリー小説を読むような感触。

学部生のころ浸って読んだ村上春樹と、感触がちがった。

その人を思うとセンチメンタルな気分だったから、
読んでやろうかと思ったけど、全六巻とか書いてあったから、
面倒臭くてやめた。

で、代わりに、
もうすっかりストーリーを忘れてしまった『スプートニクの恋人』を買ってみた。
こちらは、たぶん、作者が冗談っぽくお茶目心で書いてるんだろうなと思う文体で、
ロマンスを書こうとしている。
そのわざとらしさの、きわどさが、チャーミング。

ちょっと、今のわたしには、運命を感じた。

わたしはやはりこの人に恋しているのだ、すみれはそう確信した。
間違いない(氷はあくまで冷たく、バラはあくまで赤い)。
そしてこの恋はわたしをどこかに運び去ろうとしている。
しかしその強い流れから身を引くことはもはやできそうにない。
わたしには選択肢というものがひと切れも与えられていないからだ。
わたしが運ばれていくところは、これまで一度も目にしたこともないような
特別な世界であるかもしれない。
それはあるいは危険な場所かもしれない。
そこに潜んでいるものたちがわたしを深く、致命的に傷つけることになるかもしれない。
わたしは今手にしているすべてのものをなくしてしまうかもしれない。
でもわたしにはもうあと戻りすることはできない。
目の前にある流れのままに身をまかせるしかない。
たとえわたしという人間がそこで炎に焼き尽くされ、失われてしまうとしても。



『1Q84』よりも、この小説を選ぶあたり、
やはりわたしはロマンチストかもな~と我ながら笑った。

主人公すみれの最初で最後の恋は、
17歳年上で、結婚している、女性だったという設定。

その現実離れしているような、不可思議な設定が、
また奇妙にリアルなドラマを作っている。

さすがのさっちゃんのわたしでも、
いまだに、女性には恋したことないから、
ふつうの恋愛小説を読んでいるより、より切実な純愛小説のように感じる。

さらに語り手は、
そんなすみれに、また不可能な恋心を抱いている男性だから、複雑だ。
いわゆる「入れ子構造」ってやつ。

coffee


気持ちに向き合うと覚悟したら、
ふしぎな心境の変化がいま、訪れている。


すべては過去の再生なんだけど、
そのとき、ちゃんと自覚していなかったから、
いま、見せられている感じ。

一言でいうと、「時差式」。
「時差式の恋」だな、と思った。

過去の種明かしを、今更になって、読ませられている気分。

無自覚だった、幼く無邪気だった自分を思い知る。

そのときのわたしには、受けとる準備ができていなかった。

だから、差しだされていたものに、
気づくことすらできなかったんだろう。

あの日、あのとき、あの瞬間が、
おもむろに、別の角度で、きらきらと輝きだした。

ああ、そうだったのかと、感謝しつつ、切ない気持ち。

そのときのわたしは、そのときのわたしで、
本当の自分の気持ちと向き合うことを、恐れていた。

ただ、目の前にある現在の安定みたいなものを、
継続することに意識を集中していた。

じつは大して、その安定が、心地よいわけではないと、心のどこかで知っていた。
ただ、そうやって必死に集中することが、
本当の自分に直面せずに済む方法だったのかも。

誰しも、
ゆっくりと加速して、やがてすごい勢いで、
壁に激突するとわかっている、
坂の上のトロッコになんて乗りたくないでしょ。

最近、わかったんだけど、
わたしにとって、恋ってそんなイメージ。

直感的に、
このトロッコに乗ると、あの壁にぶちあたる瞬間が、
わかる気がする。

だから、面倒だし、こわいから、乗らない。

でも、おばかなことに、
人は何度でも、それをくりかえすものだとも思っている。

つまり、激突するとわかっていて、
ぐしゃっとトロッコが大破するとわかっていても、
乗ってしまうものなのだな。

engawa

話がそれてしまったけれども、
時差式の恋の再生は、しばらく、ちゃんと見守るつもり。

今しないと、過去の想いが成仏できなそうだから。
ここで、しっかり儀式をして、解放して、手放したい。

クリーニングの作業。

ふしぎに、芋づる式に、別の過去の記憶も思い出されて、
自分の刷り込みが何によって形作られているか、
あらためて、気づかされてもいる。

わたしがあのとき、無邪気に、無視したぶん、
いま、その人がわたしを無視したとしても、仕方ない気がしてきた。

わたしが無視した分量と同じだけ、
ただしく、気持ちをごまかされても、しかたない。

これがカルマってやつだろうし、
引き寄せの法則ともいえるし、
エネルギーは、何一つ、くるいなく、平等なのだと思う。

それにしても、昨夜は昨夜で、
よしもとばなな『まぼろしハワイ』をパラパラ読んで、
「銀の月の下で」という短編が、えらく気に入った。

広田さんとコホラちゃんの出会いと関わり合い、よくわかる気がした。

たいして、知り合ってもいないのに、
感覚として、わかってしまう関係ってある気がする。

そして、あの物語が、
運命やカルマみたいなものを直感的に気づいている人たちが、
それを受け入れたうえで、
異なるパターンに生きようと、試みるさまが良かった。
…そんな、ささやかな努力に、人間のいじらしさを感じる。

かたや、村上春樹『スプートニクの恋人』。
かたや、よしもとばなな『まぼろしハワイ』。

どっちのほうへ、行きたいんだか(笑)。

しばらく、ふわふわといろんな味を楽しんで、
この今のfeelingを楽しもう。
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