この落差。都会の日常とその空気。

今日は仕事。

社交辞令的にお土産を置き、それとなく旅行の話を聴かれ、適当にながす。

無口になって、集中して作業した。

そんなに興味ないんだもん、たぶん、その人。
わたしが、どこへいこうが、行くまいが。

「いいですね~、魂の洗濯。熊野ってパワースポットでしょ?」

簡単にまとめられてしまった。
なにも返す言葉がない。

そう言いながら、たぶん、その人自身は絶対熊野にはいかないだろう。

「そういえば、熊野はパワースポットだったのか」。
内心、言われてみて、わたしはわたしで愕然とする。

パワースポットのつもりは、まったくなくて、行っていた。

最近のわたしは、
パワースポットであるか否かより、
そこが気になるし、行きたいし、好きだから訪れている。

行く場所が、たまたまパワースポットなんて呼ばれる場所が多いのだと思う。

そもそも、神社仏閣をパワースポットというのは、失礼だ。

パワースポットという言葉が流行する以前から、
なん百年、なん千年と、
そこを信仰して、大切に守ってきた人たちがいるのだから。

今だって、ただ現世利益でそこに来る人たちだけではなくて、
信じて、尊んで、大切に守っている人たちがいるから、
そこはポジティブなエネルギーを保っているのだ。


なんとなく、それ以上話したくなくなるのも、
そんな理解の落差ゆえかもしれない。


ようは、自分の話をしたいだけ。結局、自分の話をしていた。
「社交」することで、エネルギーとられている気がする。


なんとか、自分の感度やバイオリズムをコントロールして、
不必要なものには見向きもせず、
なるべく内がわをシンプルにクリアにして、
ポジティブなものに意識をむけ、
せっかくいただいてきた、大きなものを、大切に生かしたい。
関連記事

コメントの投稿

Secret

google広告

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

プロフィール

Mari

Author:Mari
さすらいの文学少女・・・またの名を、夢見るファイター?。

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

リンク

フリーエリア

CREDIT

top