Family Tree

ここ数日、ぽちぽちと書いてましたが、
今日はひさしぶりに最強お試し日でした。

感情をゆらぶるかんじで、ぐーらぐら揺れた。

一人になりたい気分だった。

どう考えたって、
エネルギーの軽さ・重さがちがうと、アンバランス。

重い人は、軽い人を、なんとか降ろそうとする。

自分と一緒に落ちこめ、暗くなれ、深刻になれといった感じで。

あきらかに、エネルギーダウン中だって人と、
二人きりってのは、ほんと、お試しですよ。

今までのわたしだったら、とりあえず距離を置くしかできなかったろう。

でも、今日は逃げられない状況だったので、
感情移入しないように、アファメーションを唱えまくって、
それ以上、相手の境界線にも触れないようにし、
行動や態度で、観察&見守りを示した。

すると、やっと夕方には、
ぱんぱんに膨らんだ風船の、空気が抜けて行った。



感情のドツボ中の人ってのは、
自分が一番悲しんでる、つらいって思いがちである。

しかし、同じ場所で同じ経験を共有しているのだから、
他の人も、他の人なりにいろいろ感じたり、悲しんだり、
感情を受け止めているのだ。

関係性が異なるのだから、
それぞれに抱く感情や、想いの質がちがうのも致し方ないのに、
同じように心配しろ、悲しめという雰囲気をはりめぐらせる。

わたしだって、心配でないわけではない。
不安がないわけではない。

心配したって、悲しんだって、
状況に、余計にネガティブなエネルギーを注ぐことになるとわかっているから、
意識的に、心配しすぎないようにしている。

静かに、じっと見守っている。

やつあたりされても、宇宙に手放しながら。



でも、人間ってふしぎ。

こうなってみると、父親なりの愛情というものを、
やっとわかってきた。

家族って、一緒にいるとこれが永久に続くように思いこむ。

おたがい慣れあって、甘えたり、頼ったり、図々しくしたり。

でも、みんな一緒にいる状態が、永久なんてこと、ないんだよね。

大人になろうなろうとしなくても、
ひとは、自然に、おとなへの階段をあがらせられる。

階段を、一段一段あがるように、流れが整っていく。

じぶんひとりじゃ、無理かなって不安でも、
いざ、本当にあがらなくてはいけない時は、周囲の状況も整っていたりする。

逆に、早く大人にならなきゃ、自立しなきゃとか思っているときほど、
その階段が急角度で、
あがれなかったりするものなのか。

これまで、いつまでも半人前の気がして、
いつになったら、一人前になれるんだろうと思ってきた。

でも、そろそろ、そんな時期がきたのかもしれない。

今、この時期を、
今、この経験を、
大切に、自分のなかで受け止めて、毎日を暮らそう。
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