光と風と水と。

ARTICLE PAGE

雷雨。全ての人のしあわせ。

author photo

ByMari

夜の港。

稲妻が走る、広い広い空。

何個も積まれたコンテナが、マッチ箱のように可愛らしく照明で浮かび上がってた。

ぶんぶん低い音がする、
トレーラーの中に座っていると、ふしぎな気持ちがした。

遠い海のむこうで、明かりが一列に瞬いている。
千葉のあかりだとか。

地元の駅の近くで、車から降りたころには、土砂降りの雨。

走っていく車を見送ったら、またもや、
ふしぎな気持ち。切ない気持ちもまじりつつ。


会うたびに、
いろんなことを感じるし、
いろんな感情が出てくるけれども、
ぜんぶ必要なことって気がしている。

相手のことが見えてくると、
自分のことが見えてくる。




すべてのひとを満足させるには、
どうしたらいいのか。

「そんなの無理。
全ての人の要求や願望をまとめるなんて、無理だもの」
と、答える人が多いのじゃないだろうか。

この答え。

合っているようで、じつは、
わたしには、ちょっと違う気がしてきた。

すべてのひとを満足させることは、
ひょっとすると可能かもしれない。

それぞれの人が、
各人で自分を満足させることができる世の中になったら、
それが可能になるだろう。


だけど、本当の理由は、
じぶんを幸せにできない人が、多いことにある。

人にしあわせにしてもらおうとか、
人の何かによって、じぶんはしあわせになるって、思い込んでる。

もしくは、人をしあわせにすることが、
じぶんのしあわせだと、思い込んでる。

もしくは、誰かのせいで幸せになれないとか、
誰かのせいで、心配だとか不安だとか、
何々ができないとか、言い訳をしているだけ。

じぶんの問題なのに、他人を介在させ過ぎ。

他人にばかり意識をフォーカスして、
自分の不安、制限、自分自身の問題から目を逸らしているだけなんだろう。


状況からみたら、
わたしは、どこへ行っても、板挟みみたいなかんじ。

「板挟みってこういうことか」と、
何かのメロドラマの再現をみるみたいに、冷静に思った。

で、ばからしいから、もう、いいやって思った。

誰かを、満足させるために、
わたしは、いまを生きているわけじゃない。

わたしは、わたしの感じてる愛情や、
純粋だと思う感情や、誠実だと思う態度を、守り続ける。

誰と付き合おうが、
結婚しようが、しまいが、
子どもを産もうが、産まないが、
わたしはわたしだし、
じぶんの自然体を選ぶ。

自然体だと思っているから、こうしている。

わたしの人生は、わたしの責任。

行動も、その結果の経験も。

hana


怒りや気の強さの裏の、
細やかさ、真面目さに気づいたとき、
すべてに納得がいった。

よりいっそう、わたしは、
鷹揚に、
すべてに頓着なく、マイペースに、のんびりいようと思った。
計算しなくても、自然とそうなっているけど。

わたしのこだわりは、もっと別のところにある。

わたしも、じつは、相当の変わり者なのだ。
関連記事
Share

Comments 0

Leave a reply