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がまんすることはできるが、食べるまでは決して満腹にはならない。

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ByMari

今日、読んだ本に書かれていた言葉。


愛情は食べ物と同じで食べないでがまんすることはできるが、
食べるまでは決して満腹になることはない。


ほんと、そのとおりだな~って思った。


それから、こんなフレーズも。



人間には、「人が集まってくるような人」と「人に寄っていくような人」がいる。

イメージとしては「ふかふかのふとん」と「せんべいぶとん」だ。

この2枚のふとんがあったとしたら、ふかふかのふとんのほうへ行きたくなる。

そういう性格的なあたたかさをもった人は、きっと幼児期にもらった愛情が大きいのだと思っている。

ふかふかのふとんのような性格を手に入れられたら、子どもは幸せだ。

あたたかい性格をもっていたら、それは1億円の財産を残すよりも大事なことかもしれない。


「ふかふかのふとん」「せんべいぶとん」って、云いえて妙だと思った。

たしかに、観察していると、
どんなにその人が隠していても、ふかふかのふとんの人は、ふかふかだし、
どんなに良いかっこをしても、せんべいぶとんの人は、どこかうすっぺたく、心地悪いかんじ。

滲み出てしまうんだと思う。

愛とか、ポジティブな何かとか、
逆に、暗さとか重さとか、欲しがりちゃんとかも、
オーラにあふれてしまうんだとおもう。


これらの言葉は、
何かの名言集に書かれていたわけではなく、
絵本作家・きむらゆういちのエッセイ本に出てきたフレーズ。

たいせつなことはみんな子どもたちが教えてくれたたいせつなことはみんな子どもたちが教えてくれた
(2008/12/10)
きむら ゆういち

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幸せと不幸は、本人が物事をどうとらえるかによって決まる。

他人から見たらどんなにひどいありさまに見えても、
本人が幸せだと思っていればそれでいい。

その反対に、どんなに贅沢な暮らしをしていても、自分を不幸と感じている人も多い。


シンプルでもっともな言葉だけど、あたらめて読んで、
感じることが多かった。

今の私は、はげまされた。


物事って、表面的にみえていることだけじゃないし、
単純に「いい・わるい」なんて、云えない。

本人の感じてる感覚だったり、
その人が24時間、365日過ごしているときの精神状態いかんだと思う。

はた目から見て、
どんなに大変だったり、嵐の中のような悲惨な状況でも、
その人が、まるで小春日和のように、平和で満足な気持ちなら、
それは「しあわせ」なんだとおもう。

どんなときでも、
じぶんが「しあわせ」と感じられれば、それがしあわせなんだろう。

瞬間瞬間、わずかな動きで、こまやかに変化する万華鏡みたいに、
わたしの幸せのかたちも、常に変化する。
だけど、どのかたちも、「しあわせ」であることには代わりはない。

じぶんが、幸せって感じることが、「しあわせ」ならば。
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