千日回峰行への憧れ

先日、たまたまネットサーフィンしていて、
酒井雄哉さんという、千日回峰行を二回やったお坊さんのコラムに行きついた。

           ↓↓↓
「一度で成功する人はいない」酒井雄哉

じつは、以前も何度か、本屋さんでこの人の本を見たことがあった。

ちょっと気になっても、買わなかった本だった。

でも、このコラムを読んで、まさにツボ。

今日、買ってきた。

ムダなことなどひとつもないムダなことなどひとつもない
(2011/12/15)
酒井 雄哉

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とくに難しいことを言っているわけではないのに、
説得力がある。

たぶん、こういう人の言葉は、すべて経験から生まれているからだ。

人間が語る、話す、使う言葉って、
エネルギーだから、
その人がどんな生活、生き方をしてきたかが、
ぜんぶ、その言葉にプリントされている。

同じ「愛」でも、
発話する人、発音する人で、全然ちがうエネルギーになる。

で、酒井さん。
この人のすごさって、とにかく人生が「行」みたいな感じなのだろうな~ってこと。

毎日ただ歩き続けるという「行」が、
シンプルな中に、無限の教えや気づきを秘めているってことが、よくわかる。

禅のお坊さんとか、修験道の行者さんとか、
無駄や飾りをはぶいてはぶいて、そいでそいで、
感覚を無限に澄ませていったところに、なにかあるって世界を、
ずーっとやっている人たち。

だから、なんでもないおじさんなのに、
実体感があるんだろうな~。
ようは存在感。オーラがある。


千日回峰行の人の本を、以前も一冊読んだことがある。


大峯千日回峰行 修験道の荒行大峯千日回峰行 修験道の荒行
(2007/03/17)
塩沼亮潤、板橋興宗 他

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この人の生い立ちや、千日回峰行に行きつくまでのご縁のストーリーも、
すごかったな~。
千日回峰行の体験談も。
なぜだが、行の本を読んでいると、とても清々しい気持ちになる。


ふつうの生活環境の人間が、
どうやったら、それと同じようなくらいに、
無駄のない状態になれるかな?

やっぱり、コンシャスメディテーション的な状態だろうか。


ときに、そういう純粋な世界に、強烈に惹かれる。

一方で、そういう世界にいる大阿闍梨に相談したら、
きっと、「お前は、その世界で、まあがんばれや」…といわれるだろうって、
なんとなくわかってる。

どこにいるか、どこにいないかとか、
場所は関係ないんだろう。
クリアか、クリアじゃないかは。

山に行けば、変われるのかといえば、そうじゃないだろう。

山に行ったくらいで、変わるならば、
いまだって、変われるはずだ。

もし山が必要ならば、山に必然的に導かれるだろうし。

だから、いまは、ここで生きる。
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