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自分の人生は、自分のもの

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よしもとばななの新刊『人生の旅をゆく2』を、なんとなく買った。

「1」は読んだことない。
でも、「2」を立ち読みしたら、
部分部分のフレーズが、いまのわたしに、とても響いた。

人生の旅をゆく 2人生の旅をゆく 2
(2012/11/23)
よしもと ばなな

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「よしもとばななでさえ…」と書いてしまったら、
怒られそうだけど、
すごーく、つらくて、悲しくて、しんどいときもたっぷりあったんだな~と、
思わせる箇所もあった。

その暗さが、逆に、人を癒す感じもあった。

忌野清志郎についてのエッセイも、とても共感した。

忌野清志郎の純粋さは、そうか~、そんな絶望とか、暗さとか、
いろんなものを突き抜けた後にうまれているのかと、納得したり。

このエッセイ本の中で、とくに気に入ったのが、
「思い通りになる人生なんて」ってエッセイ。


あまりにも育児が忙しく家事もたいへんで、小説も書いたり社長業も忙しいから、
このまま人生が終わっちゃうのかも、と思っていた時期があった。
でも、それをありがたいことと思わなくちゃいけないのかも、とさえ思っていた。
「決まったシナリオがあってずっと平和のように見える、
どうかこれがくずれないでくれ、
くずれないでくれればもう変化なんて一個もなくてもいい」
というトラップにはまっていたのだ、今思えば。

(中略)

じぶんの生活について、どこまでが外から思い込まされているものなのか、そうでないのか。
私は時間をかけてひとつひとつ考えていったし、今も考えている。
備えすぎてもだめだし、見えないように目をふさぎすぎてもだめだ。
自分だけのためにカスタマイズする自分の人生。
その過程で気づいたいろんなことに私ははげまされた。
筋肉といっしょで、心も毎日鍛えれば、強くなっていくのだ。
人に力をあずけてはいけない。力は合わせるものであって、あずけてはいけない。
どんなに尊敬する人でも、愛する人でも。

一歩外に出たら、いや、実はうちにいても、人生はいつどこでなにがあるのかわからない。
このあいだ会えた人とももう会うことがないことなんて、
あたりまえのことなのかもしれない。
かといってぎゅっと握っていたら、なにもできない。
そのさじかげん。風に乗る、波に乗る。判断する。
そんな本能をいつでも研ぎすませておく。
ぎらぎらと、たまにはのんきに。



「自分の人生は自分のものだ」。
そんなシンプルな一文が、胸にぎゅんときた。

いつも、誰かといると、
その誰かに自分の選択肢や生活や人生を合わせなくちゃいけないように、
心のどこかに、思い込みがあった。

友人にしろ、家族にしろ、パートナーにしろ。
他人と自分の希望なんて全て合うことはなく、
かならず、妥協や、相手に合わせるときがなくては、関係はうまくいかないって。
どこかで思い込んでいた。

でも、最近思う。

相手は相手の好きなように人生を謳歌し、
で、わたしもわたしの好きなように人生を謳歌しても、
案外、一緒にいられるんじゃないかって。

それは、一対一の関係だけに言えることじゃなくて、
複数の人たちとの関係性においても、そんな風になれると感じてる。

これからは、そういう関係こそ、続いていく気がする。
理屈じゃないけど、そう感じている。
それが、実は一番無理のない、自然の関係だからかも。
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