一人一人の胸のなかに――遠藤周作の世界 



繰り返される苦痛に耐えるさなか、キクは南蛮寺の聖母マリアに祈る。

(うちんことはいくら苦しめてもよかけん、津和野のあん人ば楽にしてやってくれんね)

このとき、キクは自分の命の短いのを確実なものとして感じた――。

霏々として雪は舞う。

傘ももたぬキクの髪と肩に無数の雪片がかすめ、ふれた。

雪の白いヴェールを通して南蛮寺は眼前にあった。

彼女はあの女性の像の下に倒れるように座って咳きこんだ。

この時、聖母の大きな眼にキクと同じ白い泪がいっぱいにあふれた。

(うちは…ほんとは清吉さんば好いとった)

キクのその叫びを聖母は、はっきりと聞いた。

聖母の像は泪をためたまま、強く強くうなずいた。

(いいえ。あなたは少しもよごれていません。

なぜならあなたが他の男たちに体を与えたとしても

…それは一人の人のためだったのですもの。

その時のあなたの悲しみと辛さとが…すべてを清らかにしたのです。

あなたは少しもよごれていません。

あなたはわたくしの子と同じように

愛のためにこの世に生きたのですもの)

遠藤周作『女の一生 一部・キクの場合』より




「(『女の一生』について)
ある修道女がコルベ神父様に対して、ものすごい距離感をもっているのです。
それは何故かというと、人間的弱さとか、人間的なものがないと立派すぎて、
自分はとてもなれないと言うんです。
僕はあれ(彼が日本で、年下の同僚に、厳しい修道生活を求めたが、
善意が逆に何人かの若い修道士たちを傷つけてしまったこと)を書きながら、
コルベ神父様は愛があったがゆえに、我々にずい分近い親しみを感じる。

(中略)

愛があって、愛の故に人を傷つけてしまった。
ああ、コルベ神父様でさえ、そういうことがあったんだなと感ずることで、
今まで遠かったコルベ神父様が身近に感じる。

聖人とは、初めから失敗しないのではなくて、
人間的な失敗ものりこえ、のりこえていったことで
遠距離が近くなっていく。
失敗も隠さないで、はっきり語った方がいいんじゃないですか。

神父様は悪意でやったことではなくて、善意と愛でもっても人を傷つける。
善意がどんなにむつかしいか。
だから我々はこの世の中で苦しむわけだけども。
善意があって結果がよければ、苦しまなくてもすむ。
あの人に愛情を注いだため、その人がかえって傷つくこともある。
そういう試練を彼は日本で通過しているからね。
だから最終的に、愛で死ぬことができた。
愛の失敗をしていたから最終的に愛を完成させていくわけなんですね。
はじめから完成していたら、僕は小説家として面白くない。
愛による失敗があって、最後に愛の完成があった・・・・
そういうイメージで、アウシュビッツを書きたかったんです。」

(遠藤周作と小崎登明修道士との対談から、遠藤周作の言葉)。





今回、長崎に行った際に訪れた、

遠藤周作記念館のパンフを取り出して、
軽く読み直し、感じたこと。

遠藤周作の世界観は、
遠藤周作の「神」「信仰」で作られた世界なんだね。

遠藤周作という小説家が、
作り出した「神」であり、探究した「愛」。

実際、キリスト教信者の人には、不評だったりするらしい。
かなり独自の世界観だから。

遠藤周作という人は、
普段はけっこう豪快でカラッとした面白い人だったらしい。

兄妹のように仲良しだったという、佐藤愛子が書いた逸話だと、
ほんとカラっとしている。

そんな人が、こういう人間理解で、世界や神をとらえている。
それが面白い。

いま、小説の言葉を読むと、
彼の「愛」がいかに深い人間理解から出てきているか、わかる。

彼の人間理解のすべてが、小説の「イエス」や主人公たちを形作っている。

しかし本来、信仰や、神を信じる心というものは、
そんなものなのではないか、と私は思っている。

つまり、なにか既存の宗教の型にはまらずに、
人生の中で、様々な経験をしながら、
一人一人の胸の中で、神とはなにか、考えたり、感じたり、
信じたり、信じなかったりしながら、生きていくもの。

一人一人の人の胸の中に、
その人だけの「信仰」・信じる何かが、あるんだと思う。

人と比べるものではないけれども、
遠藤周作の深い深い「信仰」にふれると、
世の中には、すごい人がたくさんいるもんだな~と感動してしまう。

どこまで、自分の信じる何かを、深められるか。

一生かけて、もっともっと探求したい。
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