光と風と水と。

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人生の白と黒。リミッター。

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ByMari

28日のお寺の大掃除の手伝いから始まって、
年末年始をふりかえると、異様に濃密な時間を過ごした。

元旦には姉夫婦が帰省していたので、
両親と姉夫婦、わたしとわたしの相方で、
我が家でおせちを食べ、新年会をした。

その場ですら、ただの和気藹々、家族だんらんの宴会というより、
これからの将来のことで、現実的な話を父にいわれ、
腹を据え、覚悟をもたなきゃいけないなと思わせる出来事もあり。

かと思ったら、相方の義父に挨拶に行った。

義父は、相方が10歳のとき、実母が再婚してから、20歳ころまで育ててくれた人。

いろいろ複雑な家庭事情について聞かされていたので、
どんなお父さんかドキドキだったのだけど、
お会いしたら、めちゃいい人だった。

このお父さんからも、ニコニコ笑いながらも、
さりげなく、これからのことを尋ねられた。

親というものは、どこの親も、
子どもの将来を案じているものなのだと、しみじみ。

あとで、相方と、互いの両親の話をしつつ、
力を合わせて、ひとつひとつ進んでいこうと思った。

それは、自分一人の努力じゃ無理だし、相手だけの努力でも無理なのだ。

ここ数年は特に、「ノリと勢いで、なんとかなる」って感じでやってきた。
じつに気楽だったし、割合、苦労せずに済んできた。

最近感じるのは、人生、喜びや楽しみだけじゃないってこと。

うまくいかないこともあるし、
くるしいこと、つらいことは、たぶん、人間の生涯からは消えないと思う。
なにかしようとすると、責任も出てくる。

でも、それすら、人生の喜びや楽しみ、恩恵を、
より深く実感させ、輝かせるための経験なのだと知った。

苦労を知ると、
つらいこと、くるしいことの重みと同じくらい、
人は、喜びや楽しみ、恩恵も味わい深く、豊かに感じる。

人は、できることなら、
苦労やつらいことはなければいいって思うだろう。

自分の子どもにも、孫にも、苦労はさせたくないというだろう。

なにもかも順風満帆で、苦労を知らない一生を過ごせたら…と。

だけど、果たして、それが本当の幸せといえるのだろうか…と最近感じる。

それが本当に人が生まれてくる目的なのだろうか?
それが本当に人生なのだろうか?

より深く感動したり、経験するために、
人生には、苦労、挫折、葛藤という経験もあるんだと思う。


美輪さんがよく云っている言葉で、こんなのがあった気がする。

真っ黒なものの横に、
白っぽいものを置くと、
その白が、よりいっそう白くみえる。

ちょっとくらい生成りでも、白くみえる。

人生もこれと同じで、
苦労を知ると、少しのことでも、とても素晴らしくおもえ、感謝できる。

昨年の後半は、気持ち的につらいことが多かったけど、
知らぬ間に、わたしは、
なにが本質的に大事なもので、なにがたいしたことないものなのか、
学ばされた気がする。

いろいろあったけど、
いろいろあればあるほど、一方で、感謝が湧いてきた。
大切なものがなにか、見えてきた気がする。

kannusi

そして、なにより、
お寺の大掃除&正月の法要でお会いした人々。

わたしが今まで全然出会ったことのないタイプの人たち。

この人たちの出会い、かかわりが、とても面白いと思った。
色んなことに気づかせてくれる。



人間というものは、いかに、自分の制限に、制限されて生きているか…。

ここ数日、考えさせられた。

お金に対するイメージ、裕福な人に対するイメージは、
一般の人からみたら、胡散臭かったり、現実離れして感じるようだ。

たぶん、自分の身の周りに、
そんな富豪や、社会的に成功している人がいないからだろう。
出会ったことも、ないからだろう。

だから、最初からそんな人や世界を想像できないし、
話を聴いても、
「胡散臭い」「騙されてるんじゃないか」って逆に疑ってしまうのだ。

でも、そうやってリミッターをつけていたら、
出会えない人も、いると、知った。

いくら、お金持ちに憧れたり、裕福な人を羨ましがっても、
リミッターをつけていたら、そういう世界に入っていけないんだよね。

疑いや胡散臭さを抱く段階で、すでに、
そういう世界に自然に入っていく道は閉ざされてしまう。

いかに、人間が、自分自身で「現実」というものを作り出しているのか。

自分が思い込んでいることが、「現実」になっちゃうんだよね。

思い込みを捨てて、
自分が飛び込んで行って、体験して、
自分の目で見定めればいいのに。

最初から、経験を選んでしまうんだな。

わたしはこの新たな流れを、存分に楽しもうと思う。
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