壁。「しあわせ」。



壁にぶつかっているとき、
どうしても越えられない、絶対越えられないと思っている。

でも、諦めずに立ち向かっていると、
無我夢中になっていると・・・・。

壁だと思っていたものが、いつのまに、
自分の足の下にあることに、気づかされる。

それが、まるで当然だったみたいに。

まるで最初から、それができていた人間みたいに。


結局、壁だと思っていたものは、
自分が作っていた殻だったのかもしれない。

懸命に、成長しよう、変わろうとする、自分のあがきが、
殻を破る。

最初から、ほんとうはこれが自然だったのかもしれない。

でも、気づきを得るためには、もがくことも必要なんだと思う。


umi


ある人の話を聴いて、ずっと心のどこかにそれがとどまっていた。

「しあわせ」って、なんだろうな~と。

わたしなりにずーっと内観したところ、一つ思ったこと。

わたしはたぶん、「しあわせ」を、
一言ではいえない。

それは、言葉にできない感覚。

家族、パートナー、友達、恩師、職場の人たち、
いろんな人々との繋がり、絆。

自分の内から溢れでる温かいものと、
周囲からそそがれる温かいもの。

キラキラしている透明さだけじゃなくて、
色のついた、温度の感じられる、湿度のあるもの。

単純な、一つの色ではなく、
何重にも塗り重ねられた油絵の深い色。

ひろいひろい青空から降りそそぐ祝福。
木陰の静かな、やさしい、祝福。
風が誘う、心地よい、祝福。

夜にやすらかに眠りにつき、
朝、新鮮な気持ちで目覚める。

眼に見えないけど、おだやかで、尊いもの。

それらは感じるものであって、
なぜだか、あえて人には言わないのだった。

ただ、静かに、ひとりのとき、
ふつふつと、じんじんと、
胸にしみて、わきたって、うーんと思う。

言葉にならない気持ち。
大切な気持ち。

わたしにとって、
「しあわせ」に一番近い感覚は、
「感謝」だとおもう。


よくここまで、こうして生きてきて、
こんな風に今いて、
さまざまな出会いに、助けられ、愛され、
わたしもそれと同じくらい、生き、愛し、
そういうことの繰り返しが、いまのわたしを作っているのだと。

もしそれが表現できるとしたら、
ただ、あり方・生き方だけなのかもしれない。



ケアリー・レイシェルの歌を聴いていると、
最近つかみかけている、自分の心地よさみたいなものに、
かなり近いと感じる。

こういう人でありたいとおもう。
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