失敗は、宝の山。

笑えばいい。

好きなだけ、笑えばいい。

何もしない人ほど、重箱の隅をつついて、
他人のミスをみつけては、それを笑う。
ほらみたことか、と。


笑えばいい。好きなだけ、笑えばいい。




わたしは行動している。挑戦している。

だから、失敗もできる。
一見トラブルようなものだって、経験できる。

何もしない人、
なにも動かず、ただ、同じことを繰り返している人、
怠けている人は、
失敗や、トラブルすら、経験できない。



失敗したり、トラブルに巻き込まれると、
人間は、一度、へこむ。


でも、じーっと内観していると、
学ぶこと、気づくことが、ものすごい。


「失敗から学ぶ」という言葉を、
よく読んだり、聴いたりしたけど、これまで実感がなかった。


最近、ある一連の経験で、気づくことができた。

これは、わたしが得た言葉だけど、
「失敗は、宝の山」なのだ。

どうしてそうなるのか、
その原因と結果を分析することで、
なにもなかったら気づけない本質を、多角的にみることができる。



その瞬間だけみたら、
周囲からは、「あーあの人やっちゃったよ~」とか、
「ついてないよな~、くわばらくわばら」とか、
「いいきみだわ」とか、腫物触るようにおもうかもしれない。



でも、ちがうんだ。

すごく、大切な、いい瞬間が舞い降りているのだ。


失敗は、じつは、誰しもできることじゃない。

ふつうは人は失敗しまいとするし、
自分でやろうとしても、失敗できない。

失敗は、まるで贈り物のように、貴重な経験なのだ。


挑戦する人、
新しいことをしようとする人ほど、
失敗もつきまとう。


だって、誰もやっていないんだもの、同じことを、今まで。


これは、わたしにとって、とても大切で貴重な経験なのだ。

これからは、
失敗は、どんどんしていい。

おそれず、どんどんしていい。

自分に許可した。


笑っている人なんて、どうだっていい。
その人が経験したわけじゃないんだから。


わたしは、受けとった。

今度は、こうしよう、もっとこうできる、もっとよくできる。
そう学ぶことができる、気づくことができた。
いっぱい受け取っている。


「失敗」という言葉が浮かんだ時、
笑い話みたいに、わたしはエジソンを思い出したのだった。

なん百回と失敗して、最後に電気を発明したエジソンの話。

あまりにも有名なエジソンの話を、
正直、これまで、わたしはバカにして、真に受けていなかった。

でも、なんだかとってもわかる気がしたのだった。





「失敗なんかしちゃいない。
うまくいかない方法を
七百通り見つけただけだ。」


「失敗すればするほど、
我々は成功に近づいている。」



「私はこれまで、
 偶然のひらめきで、
 価値ある発明をしたことなど
 一度もない。

 全ての発明というのは、
 その発明に関わった人の
 想像を絶するような熱意が
 注ぎ込まれているものなんだよ。」



「人生における失敗者の多くは、
 諦めた時にどれだけ成功に近づいていたかに
 気づかなかった人たちである。」




そして、わたしが最近感じていたのを、
そのまま言葉にしたような名言を、
な、な、なんとエジソンも言っているではないですか。



幸せは、
財産、地位、職業などで
決まるものではない。

その人が何を幸福と考え、
不幸として考えるかで決まるのだ。



まさに、降りてきた・・・?

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