暴れ馬への対処法。穏やかで毅然としたエネルギー。

今日は、相方につきあって、町の皮膚科に寄ってきた。

母も一緒で、3人で、お昼も食べた。

天気もよくて、すでに風の中には、春の香りがつまっていた。

ひさしぶりに、屋外で、お日様と風を感じた気分。


皮膚科の場所へは、母が案内してくれたので、

私は、二人とは別に、ツタヤに行って、カードを更新し、DVDを5枚借りた。



ツタヤの前に、百円ショップがあるんだけど、事件はそこで起こった。


百円ショップをぶらぶらしている相方を、

ツタヤから出てきた私が、呼びに行った。

母は、通路で待っていた。

相方に「なにか買うの?」と聞くと、うんと云って、一つだけ商品を持って、レジへ行った。

私は、すでにお店を出て、彼がレジを終えてやってくるのを、遠巻きに待っていた。

でも、なんだか様子がおかしい。

彼は、レジの店員に、なにやら前のめりになって、まくし立てている。



(・・・あっちゃー、また始まったか。)私は、内心、思った。


彼は、ときどき、店員の態度に、キレたり、怒ったりして、衝動的な行動をとる。

暴走しだすと、とまらない。

感情を抑えられない人間ってやつだ。


私と二人のときも、いままで、2度ほどあった。

暴れ馬みたいに、暴走する。


その度に、私は戸惑ったし、
あまりの出来事に、怒るというより、驚いた。
最初は、混乱した。

でも、いまは、混乱するというより、冷静になる。


これは、彼の問題だし、
彼と一緒にいることを選ぶからには、
私は私で、それにどう対処するかを、自分で選ぶだけだと思ってきた。

彼は、そういうタイプであって、
それを私の力で変えるのは、無理な話だって、最初からわかっていた。

「相手を変えようとしないでください」って、レーネンさんの教えを、いつも思い出す。


わたしは女性の支援をする施設で働いているという仕事柄、
DVへの知識も、ある。

周囲の人も、DV防止への意識が高い。

「こういう人は、DVになるんじゃないか…」っていえば、
彼は、その典型例みたいなタイプだ。

彼の境遇も、家庭内暴力にあふれていたし、児童虐待を経験しているし、
両親は夫婦喧嘩がたえず、話を聴いていると、確実にDV状態だったと思われる。


こういう条件は、まさにDV加害者にある条件だったりする。


でも、なんでだろう。

わたしは、じぶんは暴力されないって確信している。

というのも、わたしは最初から、彼に宣言しているからだ。

「もし、私にまで、そういう言葉を吐いたり、
一度でも手をあげたりしたら、即、バイバイだからね」と。

心の中でも、絶対の境界線を引いている。

わたしは、
わたしの視線・位置で、彼を客観的に観察しながら、
人間として、愛している。

ふたりの間では、それでいいのかもしれない。


ただ、今日みたいに、
母が傍にいたときというシチュエーションは、
わたしが恐れていた状況だと気づいた。

わたしはそれで納得しているとして、
私の家族や友人は、
そんな彼をみたとき、どう思うのか。

正直、母には、そんな彼の性質を、もっとも知られたくなかったのかもしれない。

実際、一番避けたいシチュエーションに遭遇したとき、
わたしは、あきらめて、
母と、彼とを観察していた。

「彼、どうしたの?なんか、怒っちゃって、店員さんと向こうに行っちゃったよ」

母は、驚いたようにして、彼のところに行こうとした。

でも、わたしは、それを制止して、店から離れたベンチのところへ連れて行った。

ベンチに座ってから、私の考えを話した。

「彼は、ああなっちゃうと、もう手におえないし、止まらないから。

私の対処としては、彼のしたいようにさせて、私は離れた場所で、静かに待ってるの。

私が一緒になって、あそこに行って、

感情的になったり、やめろって叫んでも、火に油を注ぐような結果になるから。

店員さんは店員さんで、ああいうお客さんがきても、彼ら自身で対処するしかないよね。」



実際、彼は、しばらくしたら、ベンチに座っている私たちを発見して、戻ってきた。

あとから話を聞いたら、散々な行動をしたみたいだった。

私の家族や友人だったら、驚くような行動だった。

だけど、母は、その話を聞いても、思ったより落ち着いていた。

彼を裁いたり、否定するような感じではなく、

ただ、彼を身内として心配する態度で、年長者として、彼を諭していた。


「そりゃ、店員の態度が悪かったら、怒りたくもなるけど、

ああやって、騒いでいたら、あなたのほうがおかしい人って思われちゃうよ」って。


彼も彼で、うちの母に言われることは、すこしは聞く気持ちになるのか、

素直に聴いていて、そのうち落ち着いてきた。



私は、彼が人からどう思われるか、一緒にいると、神経をつかうときがある。

というのも、彼が、それほどまでに、気の荒い人だからだ。

私が今まで知り合った人間の中で、最強レベルの、気の荒さだ。

今日の出来事で、

彼が、私の家族や友人にどう思われるかも、

私は結構、気をつかっているんだなって思った。

本人よりも、私のほうが神経をつかっているかもしれない。



でも、今日、思った。

「人にどう思われたって、いい」って、

本当の意味で、
究極の意味で、そういうことなんだよね。


自分が愛しているなら、それでいいし、ふたりの関係はふたりにしかわからないし。

周囲の人に、彼が受け入れられるかどうかは、彼自身の問題であって、

「そういう人とつきあっている私も、そういう人間って思われる」

と、不安になる私のほうが、人の目を気にしすぎなんだ。


いかに、人の目を気にする人間かって、私自身のことを気づかされた。



パートナーは、人に自慢するために、付き合うわけではない。

周囲に受け入れられる人をって、考えて、選んでいるわけではない。

人にみせびらかすための車やブランド品、おしゃれなセレブ犬のチワワでもない。





それにしても、彼の暴れ馬には、困った。

最近、だんだん対処法がわかってきたから、動揺しなくなってきたけど。


ちなみに、私が、そんな彼への対処法に参考にしているのが、
カリスマドッグトレーナー、シーザー・ミランの、
問題犬やレッドゾーンの犬への、リハビリ法だったりする(笑)。

犬の習性や、気質、トラウマ、問題行動の原因、エネルギーの話は、
結構、人間にもそのまま当てはまったりする。


一見、凶暴で恐ろしい犬は、
不安定で、神経質、不安な犬だったりする。

そんな犬ほど、吠えたり、暴れたり、かみついたりする。

それに、支配欲、独占欲、攻撃性、エネルギーの強弱などが加味されて、
犬によって、行動の幅も、かわってくる。


私の彼は、犬に例えるならば、エネルギーが大きなピットブル。

穏やかで毅然とした飼い主のもとで、役目を与えられると、

かなり良いリーダー犬として活躍できるタイプだと思われる。

ただ、エネルギーが発散できず、仕事も与えられないと、

不安定になって、問題行動をおこす。

・・・わかりやすすぎる。



シーザー・ミランがいうには、問題のある犬種というものは、ないのだそうな。

育てられた環境や、飼い主との関係によって、犬の行動が決まってくる。

だから、問題はむしろ、人間とのかかわりや、

飼い主である人間のエネルギーだったり、態度であったりする。

飼い主との関係性が変われば、犬も、たちまち最良のパートナーになる。

それを、毎回、シーザーの番組で、マジックのように見せられている。


そして、飼い主に求められるのは、
穏やかで毅然としたエネルギーで、リーダーシップをとること。



シーザーが云うには、「犬は、現在しか、生きていない」。

過去にどんなことがあっても、また、未来にどんなことがあるとしても、

そんなこと、忘れてしまっている。

犬は、いましか生きていない。

だから、たとえ過去に何があっても、再び生きなおすことができる。

それが、シーザーの考え。
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