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怒りと暴力の本質は、「悲しみ」。愛情の根っこ。

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ByMari

今日はひさしぶりに会社へ。

予想より、気楽にたんたんといられたけど、午後からだんだんと重くなってきた感じもあり。

自分の症状と、そのときの原因が、わかりやすく繋がって、面白いくらいだった。

精神的ストレスがあると、わかりやすく、胸が痛くなる。

それに胃が痛くなったり。

やっぱりそうなんだな~と思った。

つまり、肉体疲労よりも、精神的なストレスなんだな、と。




それはそうと、昨日あたりから、いろいろと気づかされることがあり、
ちょっとモヤモヤしていたことに、一つの答えが、見出された。

昨夜、まるで何かの噴出かのように、身近な人の内面の吐露を聴き、
今日はたまたまそれに関連するかのような情報を、職場で受け取った。


わたしにとって、「暴力」「怒り」は、ご縁のあるテーマの一つなのかもしれない。

本来は、まったく感覚としてわからない分野だからこそ、
経験として、触れる必要があるといった種類のご縁。


過剰な、本人にも理屈なくとめられない「暴力」「怒り」というものは、
その人が、いつか、どこかで、
同じくらい傷つけられた経験から、出てきているのだと気づいた。


誰かが、あるときに、爆発したように怒ったり、暴力的な行動をすると、
ただ驚き、畏れ、
その人が問題児だと、すぐに評価を下す。
実際、そうやって、周囲に怒りをぶつける人は、信頼を失っていく。

「良い・悪い」で、
「この人は、悪い人だ」「そんなことをしては、いけない」
「暴力的なことは、いけない」と思われる。

その瞬間を切り取っただけでは、その人は、単純に「怖い人」と思われてしまう。

でも、わたしは、こっちの見方も、あっちの見方も、いろいろな見方をした結果、
その人が、そんな行動をするようになった背景に、気づかされた。

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怒りは、悲しみから、生まれる。

怒っている人は、理由のないわがままというより、
根っこに、悲しみや、自尊心の欠如、愛の電池切れがある。

その本人が、それを自覚できている・いないにかかわらず。

その人は、もしかして、自分は怒りっぽい性格で、
気が荒いから、人に嫌われるし、
人とうまくコミュニケーションが取れない、
人間関係が築けないと思っているかもしれない。

でも、その人が悪いのでも、だれが悪いのでもないのだ。

根本の原因は、表面の問題行動とは、もっと別のところにあるのだ。

もう忘れられている、いつか、誰かに深く傷つけられたこととか。

知らぬ間に、傷つけられて、忘れているけど、
心の中に自己否定とか、罪悪感だけが、残ってしまっているとか。

たまりすぎて、なにが原因だったかわからないほどになっているとか。

そういうことなのかな、と思った。


はたから見たら、心配されるかもしれないけれども、
私は私なりに、観察と洞察から、ひとつの見解を見出したので、
相方の気の荒さが怖くなくなった。

気が荒いというよりも、たぶんトラウマ的要素が強いと、客観的に判明したからだ。

かといって、その問題に対して、私が働きかけて、治せるとも思っていない。

それは本人が対処すべき経験だし、魂が選んできた課題だと思うから。

本人が、自分で乗り越えらえる課題だと思っている。


それよりも、今、傍にいること、
無条件に、楽しく、笑いに満ちて、ただ満足な今を味わうこと。
そういうことで、いいのかな、と思っている。

『太陽と北風』ならば、太陽になること。



愛情というものは、ありふれているようで、
じつは、とても貴重で、尊いものなのだと、気づかされた。

わたしの場合、あまりにもその感覚に慣れすぎていて、
水のように、当たり前に愛情を享受してきたけれども、
いざ、自分がいろんな人と関係を結ぶ中で、
その受け取ってきた愛情の温かさで、
他者の善良さへの信頼感と、自分を尊ぶ気持ちを持てるのだと気づいた。

わたしは、たっぷり、愛情の電池がある、しあわせなやつなのだと。



人として、信頼されるということが、無条件に肯定されるということが、
相手にポジティブな励ましを与える。


黒柳徹子のエッセイで、こんなエピソードがあった。

徹子さんは、小学生の段階で、すでに他の子どもとぜんぜんちがうタイプで、
最初の学校では、先生に問題児として扱われ、転校するようにいわれたのだそうな。

トットちゃんは、すっかり自信をなくしていた。

でも、次の小学校に行ったとき、校長先生が最初にこういったそうな。

「でも、トットちゃんは、本当は、とてもいい子だもんね」と。

徹子さんが書いていたが、
無条件に人に信頼される、肯定されるということほど、
愛を感じさせることはないのだと。

そして、そういう愛を受け取ったら、それに応えたいと思うものだと。

なんか、わかるな~と思うのだ。

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多肉植物のカット苗、植え替えてみたら、ちゃんと小さな根っこが生えてきていました。

すばらしい生命力。感動。


愛情の根っこも、
きっと生きている間に、いろいろな人からの愛によって、
心のなかに植えつけられているんだろうな。

根っこを、感じる。
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