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in ホオポノポノ

クリーニング ~ウニヒピリとの対話~

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クリーニングを始めたら、いつになく、深く気づくことが多々あり、驚く。

そっかあ~、こういうことだったのか。

大事なことは、全部自分の内にあったのだ。


他人に「されている」と思っていたことは、他人との関係の上でわたしが感じることは、

じつは、すべてウニヒピリとわたしの関係、そのままだと気づいた。


わたしが他人に感じている感情は、すべて、ウニヒピリがわたしに感じていたことだったのだ。

ずーっとずーっとわたしがウニヒピリにやっていたこと、

ウニヒピリにやっていた態度、かけていた言葉、おもっていたことを、

そのまま、他人がわたしに再現しているのだった。


そう、記憶の再生。



なんて暴力的。

ウミヒピリは、こんな強い恐怖心を抱いていたんだと気づかされ、

驚いた。


わたしは、ずっと、自分は暴力的な人間ではないと思っていた。

暴力とは全く無関係だと。

怒りも、めったと感じないと。



真実は、ぜんぜんちがう。


わたしは、自分自身に対しては、ひどく暴力的だったのだ。

支配的で、高圧的で、有無をいわさずに、疑って、信じず、否定する。

ウニヒピリはずっと、そうやって、わたしにやられていた。

その感情の記憶を、いま、外界とのかかわりで、出来事で、再生している。


こんなつらい思いだったんだね。
こわくて、声もあげられないくらい、おびえてしまって。
誰にもわかってもらえなくて、もう何をしても無駄だと失望して、
まるまっていた。

わたしが感じたウニヒピリは、ひどい状態だった。

わたしがした暴力の強さも、自覚できた。



このことに、いま、気づけたこと自体、すごいと思う。

きっと、いよいよ地獄の釜の蓋が開くではないけれども、

深いところから、魂の癖・膿を、浄化する段階が来たのかもしれない。



あいかわらず、「うっ」と苦しいことも、多い。

でも、それが相手の問題、外界の問題、相手との関係云々よりも、

自分の問題であり、

自分の過去の記憶が原因だと気づいて、

ウニヒピリとの対話になってくると、全然ちがってくる。


あー、クリーニングってこういう風にするんだって、すこしわかった気がした。


これまでクリーニングの言葉をただ唱えることはしてみたけど、

それと、ウニヒピリとのかかわり方が、よくわからなかったのだ。

ただ、理屈ではない感情を感じたとき、やってみるツールだった。



今回、ウニヒピリとの対話をすることで、クリーニングの意味がやっと分かった気がした。

ひとつひとつ手放していこうと思う。



すべては、クリーニング。

人間が生まれてくるのは、きっとクリーニングのためなんだな、と。

ただ淡々とクリーニングし続けようと思う。

ひとつの行のように。
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