子カラスの夢。晴耕雨読。

今朝、こんな夢をみた。

カラスの子どもが、巣から落ちたのか、けがをして、
紙袋に入れられ、わたしのところへ、持ってこられた。

かわいそうで、
すぐ、手当てして、介抱してあげないとと思った。

子ガラスが、とても印象的で、いたいけな感じだった。



わたしの家の周りの森では、早朝や夕方に、カラスがよく鳴いている。

ちょうど台所から見える木が、お気に入りらしく、よく数羽とまっている。

ここに来るまでは、町中に住むカラスに、すこしいやな先入観があったのが、
熊野に行ったことと、
ここに来てから、とても身近なただの鳥に感じるようになった。

カラスの鳴き方にも、個体によって特徴があるようで、
人間が話すように鳴くのが、一羽いて、
その烏が日中や夕方鳴いていると、思わず笑えてくる。
なにげに、お気に入り。


今朝はカラスじゃなくて、鶯の鳴き声で、起きたんだけどな~。


じつは、昨日、
ずーっと採用の返事が来ず、もうあきらめていた団体から、急に連絡がきた。

そこは、動物愛護の団体。

自分で探して、応募し、面接に行ってみた。

しかし、
期待とは裏腹に、応募から面接までの流れも、
なにか私の感覚とのズレを感じたから、連絡が来ても、断ろうって思っていた。

それが、研修に来月来ませんか?と、留守番電話に入っていた。


迷った迷った。

その迷いようを、じーっとみつめてみた。

内容的に、
じぶんがやってみたいことには、合っているし、
貴重な機会だと感じた。

しかし、じぶんのハートは、面接に行ってから、合わなさを感じている。

悪い人たちではなさそうだったけど、
面接で尋ねられたことが、
どこか、わたしとずれている感じもした。

道義的に
情熱ややる気、理解力が求められそうな場所だと思っていたが、
現実的なことばかり尋ねられ、めんくらった。

「低賃金で、この日数で働いて、食べていけますか?」

「30代で、一番の働き盛りなのに、どうして?(こんなところへ)」

みたいな発言もあって。

悪気はないのだろうけれど、わたしとは、
どこか価値観がずれていた。

きっと、逆に、現実的な発想ではないと、
規模の小さな非営利団体の継続的運営なんて、できないんだろうな、と
勉強になった気はした。


それに、ひとつひとつの反応、スピードが、
わたしと全然違った。

応募してから、2週間ほどたち、忘れたころに連絡があり、
面接に行ってからも、
2週間経って、もう不採用だろって忘れたころに、連絡があり。

なにか、腑に落ちない、モヤモヤが常にあり、
そこの団体のことを考えると、気が重くなった。

応募するときの、わくわく感は、すでになくなっていた。

IBOKで、よく、レーネンさんやITOさんが、
反応の速度のことを言っていたことを、思い出した。

相手を「待たせる」って、
その人たちは、無意識でやっているとしても、
もしかして、相手の時間やエネルギーを奪うことに、つながるのかなって思った。

人間、時間は限られているし、それこそ相手の都合もあるだろうし、
「待たせる」って、
限度があるとおもう。

それがその人たちのペースなら、
きっと、わたしのペースと合わないだけなんだろうな~と。

頭で考えないで、
わたしは、わたしのやり方で、
動物のために、なにかしていこうって、あらためて思った日でした。







今日、ドキッとしたこと。

いまの状態、いまの生活は、
じぶんが数か月前、半年前に思い描いていた通りの状況だって、
気づいて、あらためて、ドキッとした。

まさに、晴耕雨読。

雨の日は、家でぽつぽつ作業をしたり、読書をしてみたり、
晴れたら、庭いじりや外出をして、のんびり過ごしている。

やる気を出せば、
自分が作りたいものだって、作れる時間もある。

じぶんに、自分の時間、心身の休養、自由を与えている。

そんな風にゆったり構えれば、
わたしは必要な、
大切な時間をすごしていると気づいた。



最近、重かったのは、
なんとなく、世間様の常識や、
家族やパートナーや、
なにかから責められている気がして、
こんなんで、いいのかって、じぶんを責めていたのかもな。


人に説明する必要も、理解される必要もないって、そういうこと。


「あまり苦労していないんだから、
よく、苦労している人の話をきいて、勉強しな」

と、いつか、パートナーに云われた。

苦労してない、苦労してない。

食べるものにも困って、
一日、チョコレート一枚しか食べ物がない人の気持ちなんて、
わかんないだろうって、
言われると、
わたしは、何も言えなくなった。

しかし、どうだろう。

人の苦労なんて、
その人にしか、そもそも、わからないものなのだ。

たしかに、わたしは衣食住に困ったことはない。

でも、わたしにしか、わからない苦労もある。

いま、こうしていたって、わたしにしか、わからない気持ちもある。



わたしは、わたしの人生を生きているし、
一緒にはいるけれども、
家族も、パートナーも、
それぞれのまったくちがう人生を生きてるって、そういうことなんだ。


なにかが、あるから
なにかが、ないから。

それで、その人の幸せとか、平和とか、
成り立つわけじゃない。

生まれてきた意味も、そんなんじゃないと、思う。

「わたしは、わたしの心が穏やかで平和なら、それが幸せなんだ」

今日は、しみじみ思った。




姉のブログで紹介されていて、素敵だなって思った曲。

歌詞もとても素敵。


この人の演奏も、また素敵。

キラキラしたなにかを、思い出させる響き。



きらめき。

自由なこころ。

光。

愛。
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