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全身で生きている。 ~宇野千代『生きて行く私』~

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ByMari

ちょっと前から、CMで気になっていた曲。
森山直太朗の曲だった。意外。



透徹したなにかを感じる唄だなあ。



なぜか、今日は昼過ぎからイライラしてしまって、
じぶんでもよくわからなかった。
(たぶん、わかりやすく食事の制限の影響だろうが)。


宇野千代の『生きて行く私』を読んで、刺激を受けている。

やっぱり、宇野千代のこと、きらいにはなれない。
この人の自伝を読む限り、憎めない。

見方によっては、破天荒で、身勝手かもしれない。

でも、
坂道を転がり落ちる石のように、
風にふかれる、糸の切れた凧のように、
ただ、自分の流れのままに、正直に素直に生きていた人って気がする。

田舎者のお嬢さんで、
苦労しても、素直ゆえに苦労知らずで、
あかるく図太くしたたか。

女で、無頼を生きたんだと思う。

私小説作家の、男だったら、
同じことを、ふつうにやっても、文句言われなかったろう。

わたしが宇野千代を好きなところは、
じぶんにとって、暗いこと、いやなことは、とにかく忘れてしまうところ。

ひとを憎まず、あかるく、素直なところ。

とにかく、なんでも、
じぶんに起きたことはいいことのように思って、生きているところ。

若いころ、職場恋愛のせいで、
村中に噂がまわり、自分だけが職を失い、
身を隠すように朝鮮へ逃げて、
でも男が恋しくて、帰国して、会いに行ってみれば、
激しくののしられ、目の前で雨戸を閉められて。

でも、夜の庭で、一人泥まみれになりながら、
なんだかそれが当然のように思えて、
相手を責めずに、
ぽっかりと冷静な心地で、とぼとぼと家路へ帰ったり。

本来なら、相手を責めて、恨んで、呪ってもいいはずのところを、
童女みたいに、あっけらかんとしている。

全身で生きてるなあと思った。

なにをしても、この人に悪気はなかったんじゃないかな。

恋多き女でも、
実際は、良い思いだけではなく、
痛い思い、みじめな思いを、たくさんしている。


でも・・・ひとになんと言われようと、全身で生きている。
この感じに、わたしは惹かれるな。


宇野千代のドラマティックな人生を触れると、
出会いも、別れも、
自分のほうが仕向けたor選んだように思えて、
案外、じつは相手が仕向けていることも、あるのかもな~と思った。

人は、なんでも、
じぶんが人生のかじ取りしているような気になるけど、
じつは、相手の働きってことも大きいのかもしれない。

ぱっとみ、目立つ方のせいに、されてしまうけどね。


出会いと別れをつきつめていくと、
底が割れて、ニヒリズムに陥ってもおかしくないのに、
わかっていながら、
敢えて、泣き笑いにして、決して暗くしない。
自分の物語に吸収してしまう。
そこらへんが、宇野千代は、浪花節って感じがする。
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